専門家に聞きました
大阪国際大学 名誉教授
井上芳光 先生
人は生きていくために、体の中心部の体温(深部体温)を一定範囲に保つように体温調節機能を有しています。体温調節の方法としては、脳にある体温調節中枢が、皮膚や深部にある無数の温度センサーから情報を集め、その情報に応じて行動性と自律性の体温調節を働かせています。体温調節中枢が温度情報に基づいて「暑い」と判断すると、人は日陰に入ったり、うちわであおいだり、エアコンをつけたりします。これが行動性体温調節です。また、体温調節中枢が「暑い」と判断すると、熱放散を促進する二つのシステムを作動させます。一つは皮膚血管に「血管を開け」と指令し、皮膚にたくさんの血液を集めて皮膚を温めて外気との温度差で熱を逃がします。もう一つは、汗腺に「汗をかけ」と指令し、そこで血液から汗をつくって、汗を皮膚まで運び、蒸発させることで気化熱を使って過剰な熱を外に逃がすのです。この皮膚血管や汗腺での体温調節のしくみを自律性体温調節といいます。
暑くなってくると過剰な体熱を逃がすには、汗が一番効果的な方法になります。皮膚血流を増やしても外気の温度が高いと熱を逃がせないのですが、周囲が仮に40度でも皮膚に汗をつけて蒸発させれば熱を逃がすことができます。近年、夏の暑さ(熱)がより深刻になっていますが、このような暑熱環境で体に熱をためないためには、汗腺のはたらきが重要になってきます。つまり、深部体温が過剰に高くならないようにするには、素早くたくさん汗をかけた方が、体に熱がたまるリスクが下がります。このような優れた汗腺の働きは、汗をかく機会を頻繁にもうけて暑さに慣れることで獲得できます(暑熱順化)。
暑熱順化がなぜ必要かというと、「暑い!」という同じ情報が入ってきた時に、暑熱順化できている体の方が汗をかきやすく、体に熱をためにくいからです。近年の深刻な暑さの中で体に熱をためすぎないためには、エアコンを上手に活用して涼しい環境づくりをすることはもちろんですが、急に暑くなっても汗腺がしっかり働くよう、暑くなる前の涼しい時期に汗をかける体づくりをしておくことをおすすめします。
暑熱順化の方法として、20分くらいの入浴でも体温が上がって汗は出てきます。入浴も習慣化しやすい暑熱順化の方法ですが、私は、ウォーキングやジョギング、筋トレや体操・ストレッチなど、適度な運動をおすすめします。運動は汗腺機能を改善するだけではなく、健康な体を維持するための他の機能にも好影響を及ぼすからです。
暑さ対策/熱あたり対策を考える上で、温度や湿度などの条件が同一でも、個人個人の適応能力(体温調節能力)はそれぞれ違います。そこを認識することがすごく大事です。現代において、特に都会では、快適で健康的な生活を維持するためには、エアコンは絶対に必要です。これはいわば「守りの対策」です。一方で、人間の体を積極的に働かせて、熱を逃がしやすい体のしくみ(汗腺など)を獲得することも重要です。これがいわば「攻めの対策」です。
年々深刻になる暑熱環境には、この「守りの対策」と「攻めの対策」の両方で適応し、夏場に仕事や勉強、家事や運動などのパフォーマンスが下がらないように意識することが重要だと思います。
今回、さまざまな分野の専門家が一緒になって「熱あたりしない夏」プロジェクトに取り組むことは、「守りの対策」と「攻めの対策」を総合的に考える上で非常に意義深いことだと思います。
1981年大阪教育大学大学院修士課程(保健体育)修了、1981年より神戸大学医学部衛生学講座助手、助教授、1997年より大阪国際大学人間科学部教授、2022年より大阪国際大学名誉教授。この間(1989~1991年)米国ペンシルベニア州立大学ノル生理学研究所にて客員教授。医学博士(神戸大学,1988年)。
専門は温熱生理学で、特に発汗機能の発達・老化およびその性差のメカニズムを生理学的に探求している。著書は、体温(ナップ出版,2002)、体温Ⅱ(ナップ出版,2012)など多数。2019年度日本生理人類学会学会賞などを受賞。
日本スポーツ協会の「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」の編集委員(2005〜2021年)、環境省の「熱中症保健指導マニュアル」の編集委員(2004〜2019年)、大阪府猛暑対策検討委員会委員(2019年)などを歴任。
これまで、NHKの『あさイチ』、『美と若さの新常識』、『ためしてガッテン』、『クローズアップ現代』、『ニュースウォッチ9』、『ほっと関西』など、日本テレビの『世界一受けたい授業』、テレビ朝日『奇跡の地球物語』、読売テレビ『ミヤネ屋』など多数の番組に専門家ゲストとして出演。
空気の可能性を信じ、追い求め、
新しい価値をくわえて
これまでになかった空気を、世界へ届けます。