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なぜ、ダイキンには数値シミュレーションが必要なのか?空調機だけでなく空調シミュレーションでも世界トップを目指す理由
FEATURE
2025.10.30

空気の流れは目に見えないため、空調の開発において数値シミュレーションは必要不可欠です。数値シミュレーションで観察できるのは空気の流れだけでなく、空調機に欠かせない冷媒の流れや、室外機などが発する音まで観察できます。

テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)には、ダイキン工業(以下、ダイキン)の計算技術を確立し、現場の設計に落とし込んでいる技術グループがあります。今回は同グループを率いる高根沢 悟氏に、ダイキンの社運をかけた数値シミュレーションの重要性について語っていただきました。

数値シミュレーションが抱えている課題

――計算が困難でも制御しなければならない流体

空調機の動作は非常に複雑で、数値シミュレーションを用いてもその全貌を数値的に求めるのは容易ではありません。例えば、冷房時に室外機では液体の冷媒が外界から吸熱して気体になります。このような相変化(蒸発あるいは凝縮)を含む流れの計算は非常に難易度が高く「流体分野の最後のフロンティア(辺境)」とも言われています。また、霜の付着や除霜運転の状態を計算で求めることも非常に難しいです。これらの未解決要素がありながら、私たちはこれまでの経験値によって空調機をなんとか制御してきました。

理想は、冷媒や空気の流れをシミュレーションしながら空調機を制御するモデルベース制御により予測的な制御を行うことなのですが、現状はかなりかけ離れた制御を行っています。センサー情報を使って環境変化に追従することはできますが、網の目のようにセンサーを設置するのは不可能ですし、コストを考えても非現実的、また予測的な制御もできません。

――数値シミュレーションを開発しなければならない理由



昨今は VUCA 時代といわれています。VUCA とは Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の略称です。国や地域によって異なるグローバルニーズを的確に掴み、市場の要求にベストタイミングで応えていくためには、膨大な種類の空調機の開発が必要です。しかし、従来からあるモノを作ってすり合わせる(改善する)開発手法だと、とても間に合いません。私たちは数値シミュレーションを用いることで開発時間を圧縮し、効率を高めることでしか VUCA 時代を生き残っていけないと考えています。つまり「モノを作らずして作る」ということです。

これはダイキンだけの話ではありませんが、日本では長らくモノありきのボトムアップ型の開発が行われてきました。一方、欧米諸国ではモノのあるべき姿をはじめに考える戦略ありきの演繹的な開発が主流です。VUCA 時代に求められるのは、本質を見極められる後者だと考えます。そのため、ダイキンも数値シミュレーションを主体とした戦略ありきの開発を推し進めていく必要があります。



数値シミュレーションによる VUCA 時代に有効なメリット

――数値シミュレーションがもたらすメリット

高度な数値シミュレーションを導入することで、大きく 4 つのメリットがあります。

  ● ものづくりの効率化

  ● 観測困難な現象の可視化

  ● 自動設計と自動意思決定

  ● 企画・設計におけるシナリオ計算


1つ目のメリットはものづくりを効率化できることです。数値シミュレーションを用いることで、検証や比較のための試作機がなくなります。試作機を製作するより短い期間で、より多くの検証ができるため開発の効率化を図れます。

2つ目のメリットは観測困難な現象を可視化できることです。空気や冷媒の流れなどセンサーでは取得しづらい情報を可視化することで、起こっている現象を直感的に理解できるようになります。これは現象の原理解明につながるほか、社内外への説明にも役立ちます。空調機の専門家ではない顧客に空気の流れを説明する際には非常に説得力があります。ただ、同時にシミュレーションの妥当性を実験で確認しなければなりません。最近では難易度の高いシミュレーションも多く、それに伴って確認方法(実験方法)を同時に考案しておくことが求められます。


3つ目は自動設計と自動意思決定ができることです。従来の設計では、設計者(人間)が設計したモデルの有効性を数値シミュレーションによって検証していました。反対に、数値シミュレーションによって最適な設計や発案を行うのが自動設計です。一方、「良い空調機」を設計するためには、求められる多くの仕様を高次元でバランスさせる必要があります。根拠を明確にしつつ、そのような提案をしてくれるのが自動意思決定です。


 

最後のメリットは企画・設計におけるシナリオ計算ができることです。例えば、空調機の冷媒は多数あり、それぞれに長所・短所があります。冷媒によって稼働システムが異なるた め、どの冷媒にどのような強みと弱みがあるのか、シナリオを無数に検証してロールプレイング(計算)する必要があります。数値シミュレーションを用いれば、短い時間でシナリオ計算が可能です。


――副次的な効果とVUCA 時代の生存戦略

高度な数値シミュレーションの副次的な効果として、効率化によって余剰となったリソースを使い先行開発に注力できることが挙げられます。短期的な利益のための迅速かつ効果的な製品開発が必要である一方、3 年先や 5 年先を視野に入れた長期的な可能性も追求しなければなりません。そのために必要なのが先行開発です。VUCA 時代においては目の前の顧客のニーズを細やかに掴む力と、一歩先のニーズを予測する二刀流の力が必要になります。


また、どのような環境になっても変わらない空調機の原理原則があり、これは守っていかなければならない技術です。このような技術を先鋭化させるためにも、原理原則を深く理解できる数値シミュレーションは有効です。



ダイキンの計算技術戦略

――ダイキンが業界トップクラスの空調計算技術をもつ理由

冷媒の熱伝達計算など他社がなかなか追従できない計算技術をダイキンはもっています。それには、いくつかの理由があります。

まずダイキンは空調機の専業メーカーです。事業の 9 割が空調事業のため、数値シミュレーション開発のリソース(人材)を空調に特化した計算技術開発に投入できます。

また、一般的な数値シミュレーションソフト(商用ソフト)の使いこなしでは空調事業に必要なことが計算できないことも多いです。商用ソフトを用いた計算は他社でも可能であり、他社以上の予測能を備えるにはダイキン独自の計算技術も持つ必要があります。私たちは空調事業比率が高いため、長年の経験で培ってきた空気や冷媒の原理原則を理解しており、商用ソフトで計算できない現象にたいして独自の計算アルゴリズムを開発することが可能で す。少なくとも空調計算の分野においては、トップクラスの計算技術を持つことを目指しています。


――中核をなすのは専門技術をもつ人材


ダイキンの計算技術を支えるのは、専門技術をもつ人材です。数理的な専門技術を持つ「数理スペシャリスト」と、デジタルによって現場の改革を行う「業務改革スペシャリスト」です。日本では、幅広いことを満遍なくこなせる中庸なジェネラリストが多い傾向にありま す。しかし、突出した専門能力をもつ人材も集め、マネジメントによってチームとしてまとめることが必要になります。

いずれの人材も、計算技術を支えるために物事を原理原則で考えられ、理論的思考に長けた人材であることが求められます。


DX 時代に相応しいデジタル開発体制

――優秀な人材とデジタルに対する期待


ダイキンでは、シミュレーションに関わらない開発部門はないと言ってもよいほど数多くの人が現在ではシミュレーションに関わっていますが、シミュレーション技術そのものの開発は、専属の専門技術者が行っています。そのうち約半数は、AI などの情報系技術を 2 年間かけて学ぶダイキン情報技術大学(DICT)の卒業生です。そして、残りの半数は機械系のバックグラウンドを持っています。今後は数理系のバックグラウンドをもつ人材と、現場を変革する工学系人材を増やしていきます。

戦略経営計画「FUSION25」において、シミュレーション技術を含む「デジタル投資」全体では、23 年度〜25 年度において累計で 1,800 億円を見込んでおり、デジタルが経営戦略の一つとして重視されていることがわかります。

3 年間で 1,800 億円見込まれているデジタル投資(この一部が計算技術の投資に)

 

数値シミュレーションの活用実績

――業界唯一の数値シミュレーション例

ダイキンは空調事業比率の高いメーカーですが、一部でフッ素樹脂製品の開発も行っています。ラインナップのなかに「フッ素樹脂フィルム」という製品がありますが、これはフッ素樹脂のシートを更に 10 倍以上に引き伸ばしたもので、優れた誘電特性(低誘電率・低誘電正接)があり、自動車などで幅広く利用されています。

樹脂を 10 倍以上に引き延ばすのは容易でないため、シミュレーションを援用して製造工程の設計が行われてきました。樹脂を 10 倍以上に引き伸ばす数値シミュレーションは、ダイキンにしかできない計算の一つです。

――社会的意義のある数値シミュレーションとその後の活用


コロナ禍において問題となった飛沫やエアロゾル(気体中に微小な液体あるいは固体の粒子が含まれるもの)の飛散状態をシミュレーションするというプロジェクトに参加した実績があります。

理化学研究所様との共同プロジェクトでスーパーコンピューター「富岳」を用いて、空調機のある室内における飛散シミュレーションを行いました。ダイキンの担当は空調機が飛散に与える影響を評価する部分で、空調機の運転モードによって変化する飛散状況を数値シミュレーションによって求めました。


この数値シミュレーションは、後にTIC の計算機環境でも計算できるように改良し、富岳を使用しなくても低コスト・短時間での計算を可能にしました。この技術は他の製品開発にも活きており、「効果的な空調機の設置場所」を数値シミュレーションで導き出す技術の開発へとつながりました。特に病院など安全安心な空気が求められる空間設計では、非常に役立つ数値シミュレーションです。

会社の存続を左右する「計算の可能性」

――ダイキンが数値シミュレーションを推進する意義

今後も空調メーカーとして生き残っていくためには、世の中のニーズをタイムリーに掴んで設計に反映させ、生産に合わせてベストタイミングで部品を供給してもらい、さらに経済性(コスト)も考慮しなければなりません。それだけでなく、環境負荷を可能な限り低減するなど要求は多く、高次元でバランスさせる必要があります。これらを数値シミュレーション無しで達成することはできません。


――数値シミュレーション推進のために必要な人材

計算技術確立のために必要なのは、数理的なバックグラウンドを持ち理論的な考え方をできる人材です。日本ではこのような人材の就職先として、金融業界や保険業界に人気が集中しているように思います。一方、上述したように、ダイキンにも数理的なバックグラウンドを活かして活躍できる職種があります。

一方、業務改革スペシャリストを目指す人は数理系のバックグラウンドは必要ありません。私たちのチームで計算技術の経験を積んだあとは、数値シミュレーションに一定の理解を持ちつつ、他の仕事に取り組んでもらえればと思います。

これはあらゆる人材に共通しますが、入社後、まずは空調機について徹底的に学んでもらう必要があります。それと同時に、数値シミュレーションについても学び、トップクラスの空調シミュレーション技術を確立、運用できる人材に成長してもらうことになります。


――数値シミュレーションにおいてダイキンが目指す世界

今後 20 年以内を目処に、量子コンピュータが実用化される可能性を考えています。量子コンピュータは複雑で膨大な数値シミュレーションを現在比で最低1000倍、上手くいけば100万倍高速でこなす能力を持っています。ビジネスの勝ち負けの構図を根底から変えてしまう潜在性を持っているため、素早いトレンドのキャッチアップが必要です。また、これまで数値シミュレーションは法則を微分方程式で記述することで複雑な物理現象を再現してきました。AI にはそれが出来ないため、AI とシミュレーションはあまり相性がよくありませんでした。今後もAI が微分方程式の代わりとなることはないと思いますが、近年発展が目覚ましい生成AI を使えば、これまで人間が担ってきた設計行為を計算機自身が行うことが出来るようになると考えています。シミュレーションは現象再現に重点が置かれていましたが、生成 AI によってアイデアを出すことも計算機の役割になっていきます。ダイキンが「空調機×計算」の分野でも一番になり、それによってビジネスが成功するよう、積極的に取り組んでいきます。

これまでは設計・開発を効率化するために数値シミュレーションが活用されていました。しかし、今後は差別性を引き出す部分やソリューションにおいてなくてはならない存在になります。私たちのグループは、計算技術トレンド最先端のシミュレーションを用いることによって空調事業を先端的で価値の高いものにする責務を負っており、これは会社の存続に大きな影響を及ぼす要素の一つだと思っています。

論理的思考を用いて、未知の課題に果敢にチャレンジする優秀な方をお待ちしております。


※記載内容とプロフィールは取材当時のものです。

Satoru Takanezawa

テクノロジー・イノベーションセンター 主任技師

2007年11月入社。埼玉県出身。
空調の数値計算を担当。数値計算が空調ビジネスの鍵を握っていると言われるくらいまで貢献度を高め、ゲームチェンジャーになる!
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