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【後編】マテリアルズ・インフォマティクスは素材産業の救世主になり得るか?~ダイキンTICのデジタル材料設計の技術責任者に聞く、材料のデジタル開発の挑戦~
FEATURE
2024.09.06
従来のアナログ的な材料開発から、情報科学技術を駆使したデジタル的な材料設計技術である「マテリアルズ・インフォマティクス」(以下、MI:Materials informatics)による効率的な新素材開発を目指しているダイキン工業。前編(※1)では、そのデジタル材料設計の責任者として着任した技師長の茂本勇氏にお話を伺った。後編では、研究開発での具体的な取り組みを進めている中心人物のテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)の吉崎達氏と友田陽子氏にお話を伺った。

ダイキン情報技術大学一期生が材料MIを、中途入社データサイエンティストがデータ基盤構築を担当

ーー経歴と、ダイキンに入社された理由について教えてください。

吉崎:私は学生時代に無機化学を専攻し、自動車の排ガス処理の触媒などを研究していました。ダイキンに入ってから7年目です。入社後すぐにダイキン情報技術大学の第一期生として2年間AIを学び、その後TICに配属されました。また東京大学との社会連携講座にも3年ほど参加し、新材料開発のMI活用について研究しました。現在はその成果を生かして、MIを活用した商品開発を中心に仕事をしています。

 

友田:私は2023年7月に中途採用で入社しました。前職は化学メーカーで車載用リチウムイオン電池の開発に従事していましたが、ドイツに出向して大掛かりなデータサイエンス分野の仕事を経験したことを機に、データ駆動開発に興味を持つようになりました。その後この分野に本気で取り組みたいという思いが強くなり、ダイキンに移りました。いまTICではデータ基盤チームのリーダーとして、データベースの構築や、その周辺のデータ基盤の開発を担当しています。

50万種から最終的に30種の有望な分子構造を選定、一連の実験も自動化

ーー現在研究されているシミュレーションとロボットを活用した高分子材料設計の技術について教えてください。

吉崎:従来の材料開発のアプローチは、目標の物性を設定し、その類似研究を調査して、研究者自身の経験と勘を頼りに材料を設計していました。すべての候補に対してシミュレーションをかけ、手当たり次第に試作評価を繰り返していたのです。しかしMIを導入することで、材料科学技術が加わり、材料候補にある程度の当たりをつけて設計できるようになります。選定した材料に対してシミュレーションを施し、試作と評価を行うため、開発時間が短くなり、開発コストも大幅に削減できるわけです
従来型の材料研究開発と、あらたなMI型の材料研究開発の相違点。MIを活用することで、材料開発のパフォーマンスを大幅に向上させることが可能になる。

前編でも少し話が出ましたが、有機高分子材料(ポリマー)は構造が複雑で、MIを導入する際に設計データの入出力が関連付けられていないため、新開発が進まない分野でした。同じ組成でも重合やサンプル作製の条件などで構造が変化するため、物性値も変動してしまいます。またポリマーは他の部材に比べてシミュレーションの精度が低いという課題もありました。

そこで良質かつ大量のデータを生成する技術と、高精度な物性予測技術を構築することで、材料候補を高効率に探索するMI活用を目指しました。そのために自動分子シミュレーションと、ロボットを駆使した自動実験を軸に技術開発を進めました。今回の取り組みでは、高分子・複合材料を対象にしていますが、その中でも高周波向け基板材料をターゲットに設定しました。

ダイキンが目指すMI。自動分子シミュレーションと、ロボットによる自動実験を開発。機械学習で物性を予測し、候補材料の高速提案と材料設計原理に理解に役立てる。

まずコンピュータ上で分子シミュレーションを実施し、分子構造を入力として目的となる物性を自動計算し、分子構造から物性を予測する機械学習モデルを構築しました。そこから希望する物性(低誘電率・低誘電正接・低線膨張係数)にするために、逆にどのような分子構造ならば有望かを探索・提案し、新材料の開発を行えるようにしました。

具体的には50万種ものポリマー構造に対し、機械学習で1000種まで絞り込み、さらに代理指標の活用によって多段階スクリーニングを実施することで、最終的に30種類の候補となる分子構造を発見しました。従来の方法でシミュレーションを行って選定しようとすると、とんでもない時間を要しますが、このアプローチの場合は3カ月ほどで効率的に絞り込めるようになりました。

MIを用いた新規分子構造の探索アプローチ。機械学習モデル・代理指標を活用し、多段階スクリーニングによって、優れた目的物性が期待される候補構造を効率的に探索。

また、ロボットを駆使した自動実験のプロトタイプも東大の研究室と構築しました。これは、人間が手作業に頼っていたサンプル加工から物性測定(誘電率)に至る一連の工程を自動化したシステムです。サンプル移動用のベルトコンベアを採用し、ロボットアームと各種装置を連携させて、人と同等の精度で物性値を再現性高く測定でき、併せて該当の実験データも蓄積可能です。

 

自動実験のフロー。ヒートプレスによるフィルム成形、物性測定(誘電率)までに一連の工程について、自動化機構のプロトタイプを構築した。

今回、見出した新材料は、これから次世代通信として普及していくであろう5G・6G分野で活用できる有望な候補材料になるでしょう。

 

 

データ基盤をプライベートクラウドで内製化、実験データの収集・処理も自動で

――もうひとつの重要な柱である材料データ蓄積基盤の構築について、その開発の背景や狙いを教えてください。

友田:データ基盤が必要とされる背景を説明します。材料MI技術がどれだけ進歩したとしても、現場での化学実験の重要性は変わりません。近年ではロボットによる実験が増えており、従来のようにExcelやCSV形式でデータを個々に管理していると、データ駆動型の開発はなかなか難しい状況だと思います。データ量の増加に対応するには、強力で柔軟なデータ基盤が不可欠でした

 

その一方で、データ基盤を内製化しようとすると、化学とはまったく異なる技術が必要になります。この材料開発に特化したデータ基盤は、データベース、データパイプライン、データマートなどの要素をすべてプライベートクラウド上(AWS)で構築しています。実験データを手元のExcelだけで処理するのではなく、可視化/解析ツールと連携して結果を簡単に出力し、それらを研究者チームと共有・蓄積しながら活用できるようにしました。

基盤開発における要件には、データ収集から処理、可視化までの標準化、現場でのデータや作業の変化への柔軟な対応性、ツール類の乱立やレビューの属人化の防止などが挙げられます。そこで下記のようなデータ処理の流れを考えました。

 

データパイプライン構想。商用ツールやサービスはオーバースペックで高価になり、学習にも時間がかかる。研究者にとって使い勝手のいい基盤にするために、外部委託でなく、社内の知見を集めて構築した。

システム開発に関しては、外部に委託すると手戻りが発生しやすく、またブラックボックス化する恐れがあるため、内製することにしました。幸いダイキンのTICには、データ活用と情報技術の専門部隊がいました。新技術を試せるクラウド環境も整備され、ベストプラクティスの共有も頻繁に行われていました。情報技術の専門家が同じ部署にいることはダイキンの強みのひとつです。化学と情報の技術者が連携し、同じ目線で化学研究開発というニッチな分野のデータ基盤を半年で開発できました。

――クラウドを活用して実験データを効率よく体系的に収集・分析するデータパイプラインの仕組みについて教えてください。

友田:データパイプラインは、データを収集して、それらを意味のある形になるまで処理し、可視化・解析するプロセスのことで、現在のところ数十個ほど同時並行で動かしています。同じ材料でも、複数の実験条件で比較検討するためには、その分のパイプラインが必要になります。評価結果は、研究者が実験の生データや測定条件などをアップロードすると、およそ数分で処理されBIツールで閲覧、解析ができます。 

これらの基盤を開発するうえで特に注意した点は、保守運用をシンプルにすることです。あまり手間がかかりすぎると、継続できなくなってしまいます。また維持費が高いと、ビジネスの影響を受けて頓挫することにもなりかねません。そこで運用工数とコストを抑えることも必須要件の1つにしました。AWSの活用やIaC(Infrastructure as Code)でのアーキテクチャー管理、ワークフロー自動化などによって、どちらも商用ソフトと比べて10分の1以下のコストに抑えられています。

現在このデータ基盤は、一部の開発テーマに絞って活用されていますが、将来的には他の開発テーマにも適用するため、それに合わせて順次拡張していく予定です。化学研究開発のニーズに最適化された基盤を提供することで、効率的で効果的なデータ駆動型開発を支援していきたいと思っています

 

材料MI分野で力を発揮したい研究者はダイキンで腕試しを

――今後の材料設計における展望と、ダイキンに興味を持っている方へメッセージをお願いします。
吉崎:あらためて振り返ってみると、ダイキンは人材育成にすごく力を入れている企業だと感じています。私自身も最初の2年間は社内の大学で情報技術を集中的に勉強できましたし、その後も、東大の共同研究など最先端技術の研鑽を積むことができました。技術者としての成長・チャレンジを望む方には、とても適した環境だと思います。デジタル材料設計については、まだダイキンとしては新しい分野なので、活躍の場がたくさんあります。我々と一緒にお仕事をしましょう。

友田:TICには若い方だけでなく、AIのトップランナーである技師長の比戸さん(※2)や、今まさに業務をご一緒させて頂いている技師長の茂本さんなど、個性的でカリスマな面白い先輩技術者が多く在籍しており、いろいろな良い影響や刺激を若い技術者に与えてくれています。本当に面白くてオリジナリティにあふれた会社です。新しい研究開発に興味があり、チャレンジしたい方は、ぜひ我々にジョインしてください。

 


※記載内容とプロフィールは取材当時のものです。
※1. 【前編】マテリアルズ・インフォマティクスは素材産業の救世主になり得るか?~ダイキンTICのデジタル材料設計の技術責任者に聞く、材料のデジタル開発の挑戦~

※2. 【後編】「第5回日本オープンイノベーション大賞」を受賞した画期的なプロジェクトの舞台裏~THINKLET®を活用した現場作業員の多能工化~

Satoru Yoshizaki

テクノロジー・イノベーションセンター

2018年4月入社。熊本県出身。デジタル材料設計を担当。
デジタル材料設計の高度化にチャレンジし、社会課題の解決に貢献できる新材料を生み出したい。
Yoko Tomota

テクノロジー・イノベーションセンター

2023年7月入社。奈良県出身。化学研究開発データ基盤技術を担当。
化学研究開発現場の働き方を改革し業界最先端レベルのデータ駆動型開発を実現したい。
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