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【前編】「第5回日本オープンイノベーション大賞」を受賞した画期的なプロジェクトの舞台裏 ~東大発ベンチャーとの協創で現場DX
FEATURE
2024.06.11
ダイキン工業は、現場作業員のスキルアップや人的リソース不足対策を目的として、東大発ベンチャーのフェアリーデバイセズ社(※1)との協創(※2)によって、映像と音声AIを活用した空調サービス現場DXを推進中だ。フェアリーデバイセズ社が開発したスマートウェアラブルデバイス「THINKLETⓇ』(シンクレット)と自社開発の業務支援Webアプリを組み合わせることで、熟練エンジニアが遠隔地から新人エンジニアをサポートしたり、教育することができる遠隔支援ソリューションを開発していくという。本記事は前編として、協業先のフェアリーデバイセズ社 代表取締役 藤野真人氏とダイキン(TIC)メンバーの近藤 玲氏、上月 悠子氏、稲葉 芳尚氏、に「第5回日本オープンイノベーション大賞(総務大臣賞)」(※3)を受賞した本プロジェクトの経緯と、開発における狙い、エピソードなどについてお話を伺った。

(写真左から)

・稲葉氏

遠隔支援以外のスマートウェアラブルデバイスの新たな応用例や、海外市場の開拓・展開などを担当。

・藤野氏

フェアリーデバイセズ社代表取締役。技術面を含め本プロジェクトの全体統括。

・上月氏

現場の遠隔支援システムの開発を担当。収集した映像・音声をAI技術で解析するための研究開発を行っている。

・近藤氏

本プロジェクトのきっかけ作りから各部門への展開。ベンチャー協業を担当。

 

空調の現場サービス業務の課題と、新プロジェクトの重要な意義とは? 

――そもそも、なぜ本プロジェクトをスタートさせようと考えたのでしょうか?

近藤:空調市場は2050年までに現在の3倍になり、電力需要も3倍になるといわれているのですが、カーボンニュートラル(脱炭素化)の流れの中で、省エネ化が求められています。空調機が省エネ性能、品質を保つためには、製品の機能向上のみならず、施行・保守点検などのサービス業務の品質も必須です。ダイキン工業は、グローバルな総合空調メーカーとして世界170カ国以上で事業展開しており、110カ所以上の生産拠点、約10万人が働いています。脱炭素と経済成長の両立のためには世界各国で高いスキルを身につけたサービスエンジニアの早期確保が必要です。
市場の成長が期待される新興国においては、新たに空調機のスキルを身に付けたサービス現場の人材を早期に育成する必要がありますし、日本では少子高齢化に伴う熟練エンジニアの引退によるスキル伝承や人材不足などの課題が顕在化しつつあります。こういったスキルの向上や人材不足などのグローバルの課題解決に貢献するDXの仕組みを作ろうと考えたのです

 

ーーそのような課題を抱えるなかで、フェアリーデバイセズ社様と協業するきっかけになる出来事が?

近藤:はい。ダイキンが東京大学との包括連携を立ち上げる際に、私がベンチャー協業の責任者になり、センター長の米田から「とても面白い人がいるので会ってみてはどうか?」と勧められた相手が藤野さんでした(笑)。それが本プロジェクトの契機になりました。初めてお話をお聞きして、藤野さんの圧倒的なビジョンと幅広い技術の知見に驚くとともに意気投合し、その時から協業したいと考えていました。その後、THINKLETⓇの構想を聞いて「ぜひ一緒に仕事をしましょう」という話になりました。

 

藤野:そうですね。当時のうちの事務所に近藤さんが押しかけてきて(笑)、ホワイトボードに世界地図を描いて3時間ぐらいいろいろなことを議論したことをよく覚えています。

見る・聞く・話す、場所と行動を可視化するデバイスで空調サービス現場DXを実現

――このプロジェクトを具現化するために、どのような戦略で動いていったのでしょうか

近藤:当時まだTHINKLETⓇは実物のない構想段階だったので、社内での調整は大変でした。最初の2~3カ月間でいろいろな部門の方100人ぐらいと話をして、新しいチャレンジに手を上げてくれる人を探し回りました。そうしているうちにTHINKLETⓇのプロトタイプができたと一報をいただき、貸してくださいとお願いさせていただきました。プロトタイプを持って現場の人の声を聞くと「ハンズフリーで作業しやすく、軽いし視界もさえぎらないから使いやすい!あとかっこいい!」という好意的な感想が得られ、大きな手ごたえを感じました

 

――藤野さん、THINKLETⓇがどんなデバイスなのか教えて下さい

藤野:機械(AI)と人間の協働、つまりAIが得意な分野はAIに任せ、人間が得意な分野は人間が行うというコンセプトで、新しいウェアラブルデバイスを開発しようというところから始まりました。製品の詳細については、(本記事の後編で)プロダクト担当者に語ってもらいますが、THINKLETⓇは首掛け型デバイスで、広角カメラ1つと通信機能(LTE、Wi-Fi、Bluetooth)や各種センサー(GPS、モーションセンサー)を搭載し、視界をさえぎることなくハンズフリーで使える点が大きな特長です。作業現場の映像と音声をワイヤレスで送信し、装着者の体験を遠隔共有できます。またエッジ音声AIを搭載し、騒音環境下でもクリアな音声でコミュニケーションができます。

我々としては、当初からこのデバイスでAIを利用しようという発想がありました。ごくシンプルにいうと、人間は全てを細かく記録することは得意ではありませんが、映像や音声データの蓄積があれば、AIで分析して作業の指示や日報の作成、作業安全の向上、作業手順の標準化やマニュアル作成などの支援に役立てられると考えたのです。一方で、機械を現場で分解したり修理したりすることは、人間でなければ難しい作業です。THINKLETⓇを使えば遠隔地から熟練者が映像を見ながらアドバイスし、現場にいる作業者をサポートできます。開発当初から、人間と機械(AI)が協働できるシーンが現場に多いことは見通していました。

近藤: THINKLETⓇは、見る・聞く・話す、場所と行動をデータ化して共有・蓄積するデバイスと言えます。ダイキンではグローバルで熟練者の知見を共有し、現場エンジニアを育成したいという思いがありました。ただしTHINKLETⓇで収集できるデータは、サービス現場だけに留まらず、もっと幅広い価値があります。メンテナンスやサービスの品質向上や、技能の伝承だけでなく、エアコンを売るためのソリューションなど、空調のライフサイクル全体のDXに向けた新しい価値を創出できるものと考えているのです。
THINKLETⓇは、ライフサイクル全体のフェーズで動画・音声などのデータを活用し、空調DXに向けた新しい価値を創出できるデバイスです。

グループ内で2000人超がTHINKLETⓇを活用 海外展開のハードルも克服

――ダイキンの現場に展開する際に、具体的にどのようにTHINKLETⓇを実装していったのでしょうか?

上月:現場へのアプローチは、私と稲葉が具体的に進めてきました。国やエリア、事業部によって製品の使い方も責任範囲も異なりますし、現場もエアコンを設置する人とメンテナンスする人は違います。1つずつ個別対応する必要があり、THINKLETⓇを浸透させるには大変でした。特に現場は忙しいので、導入の手間がかからず、価値を感じてもらえるものにしなければなりません。協力してくださるエンジニアにデバイスを貸し出し、使い勝手などフィードバックをもらいながら、2年ほどかけて改善していきました。

稲葉:まさに地域に合わせる形で、走りながらフィッティングしていった感じですね。海外での横展開も大変でした。ただ、このプロジェクトの噂を聞きつけたアジア地域の統括トップから連絡があったり、グローバルサービスの担当者が「他国でも試したい」と問い合わせてきたり。欧州でのカーボンニュートラル(脱炭素化)推進による、ガス燃焼暖房からピートポンプ暖房への切り替え支援では、作業効率を高めるだけでなく、環境性能の向上、エンジニアの安全確保支援ツールとしての要請もありました。
近藤:各国の事情で価値が異なるものと、万国共通の価値があるものがあるため、それぞれ柔軟に浸透させていく必要がありました。いまでは世界14カ国以上で延べ2000人超がTHINKLETⓇを活用しています。柔軟性が高いゆえに、いろいろな場所でいろいろな価値を感じてもらえたことで、これだけ広がったのかもしれません。それだけに現場への実装は大変苦労したと思いますが(笑)。
上月:確かに実装には苦労しましたが、THINKLETⓇの実物が手元にあり、使ってもらいながら現場の声を聞けたことは大きな助けになりました。国内では人口減少に伴って熟練エンジニアのスキルが失われていくことや人手不足の課題があり、逆に海外の新興国では市場が拡大していくなかで、エンジニアを確保しなければならないという課題があります。このままでは立ち行かなくなるという危機感が現場にはあり、導入をポジティブに捉えてくださったのだと思います。

要件を理解した社員が最適アプリを開発してしまうダイキンの底力

――藤野さん、ダイキンから要望を受けてTHINKLETⓇ自体を改良することもありましたか?

藤野:ハードウェアなので根本的な改良は難しいのですが、ソフトウェア的に改善できることは可能な限り対応しました。たとえば、LTE通信しながらカメラで動画を撮影すると、デバイスの発熱が大きくなります。そこで動画伝送を工夫して発熱を抑えるようにしました。THINKLETⓇはほかの会社でも利用いただいていますが、ダイキンさんの場合はカメラに付けるキャップを作るなど、現場で出てきたアイデアをどんどん具現化していくので、こちらも助かっています(笑)。個人宅の現場では、プライバシーの関係で撮影したくない場合もあるため、物理的なキャップを付けることでお客様の安心感を得られるという効果があります。

 

近藤:そうですね。現場ではエンジニアがより使いやすくなるための工夫だけでなく、お客様の理解を得るための方策も大切です。そういった改善は現場だからこそ発想できることです。THINKLETⓇのファンクションキーも1つ増やして3つにするなど、使いやすさも現場からの意見で向上していきました。

 

稲葉:ただ音声認識についてはフェアリーデバイセズ社さんの専門領域です。海外では騒音の大きな現場や、電波がまったく届かない環境もあります。そういった条件でも使える音声認識モデルや、日常会話では絶対に出てこない用語を認識できるモデルなどを提供していただいています。また、ハードとソフトの両面でクリアな音声を収集・認識するための機能を盛り込んでいるため、そういった劣悪な環境での利用であってもしっかり認識できるのです。そういった技術をフェアリーデバイセズ社さんに提供していただき、我々ダイキンが現場と円滑にコミュニケーションするためのアプリを開発しています。

 

藤野:インターネット経由でTHINKLETⓇを遠隔操作したり、デバイスのソフトを更新したりする基本的なサービスや、ハードウェアを動かす基盤となるTHINKLETⓇ上のミドルウェア、開発用のSDK、クラウド上の映像通信サービスなどはフェアリーデバイセズが提供しています。その中に以前から我々が開発してきた音声まわりの認識技術やノイズリダクションなどが含まれています。こういったコンポーネントを使いながら、実際の現場に合った最適なアプリをダイキンさん自身で開発されています。業務を理解している社員が要件を定めて開発できるのはすごいことで、他社のまねできない点だと感心しています。

 

 

ダイキンに眠る現場データから、ゴールドを取り出せる人材を求む!

――THINKLETⓇで映像・音声のデータを蓄積して分析ができる段階とのことですが、今後の展開について教えてください。

上月:正直言って取り組み当初のころのAI技術では、現場のニーズに応えることは難しかったと思います。しかし、近年のAI技術の急速な進歩により、現実的なものになってきました。藤野さんはそういったことも見越してTHINKLETⓇを開発してきたのだと思います。

 

藤野:AI技術のトレンドとして、こういったデバイスが次に来ると考え、リスクを取って投資してきました。さすがに、OpenAIが開発したChatGPTがこれほどセンセーショナルに登場し、現在のように生成AI基盤が一気に充実してくることまでは予想していませんでしたが(笑)。とはいえそういう技術が出てきたときいち早く実装できるハードウェアを開発していたのは事実です。そういう意味では、時代の流れにうまく乗れたと思っています。

 

稲葉:我々のプロジェクトは、THINKLETⓇというデバイスと、現場で使えるソリューションを組み合わせ、空調サービス現場 DXを前進させることにあります。大事なポイントはそのために必要なデータが眠る現場を持っているのは我々メーカーしかありませんし、そのデータを価値にしていくことも我々メーカーにしかできません。

近藤:現行サービスの品質を担保しつつ、グローバルな空調事業の展開を加速させるために、製品自体やその設置環境、あるいはエンジニアの作業、現場コミュニケーションなど、多様なデータを活用しています。これらのデータが生かされていくことが最終的に大きな価値につながると考えています。たとえるならば、ダイキンが時間をかけて構築してきたグローバルな現場網は「金山」であり、そこに眠るデータは「金脈」であり、それを取り出すツルハシが「THINKLETⓇ」なのです。

つまり、我々のデータが金であると思った瞬間にゴールドラッシュが始まり、その価値が非連続に高まっていくものと考えています。この分野は従来のアプローチとは異なるスキルを持つ人材が増えてこないと、さらなる展開は難しい領域と考えています。単に石ころに見えるデータから、金を見つけ出すようなセンスも求められています。ダイキンが持つデータを価値に変えるようなチャレンジャーを求めています。ぜひジョインしてほしいですね(後編に続く)。
※記載内容とプロフィールは取材当時のものです。

※1.企業情報
会社名:フェアリーデバイセズ株式会社
代表者:代表取締役 藤野真人
所在地:東京都文京区湯島2-31-22 湯島アーバンビル7F
設立:2007年
URL:企業情報

※2. 東大発ベンチャーのフェアリーデバイセズとダイキン工業コネクテッドワーカー創出による現場業務の革新を実現

※3. 内閣府主催の第5回日本オープンイノベーション大賞において「総務大臣賞」および「文部科学大臣賞」を受賞


 

Masato Fujino 

フェアリーデバイセズ株式会社代表取締役 CEO/CTO

2007年4月入社。埼玉県出身。
ウェアラブルデバイスとAI応用システムを担当。
ハードウェアから通信・クラウド・AIを一気通貫した技術開発によって、AIの力をサービス現場に届ける。
Rei Kondo 

テクノロジー・イノベーションセンター 技術戦略担当課長

2008年4月入社。大阪府出身。
スタートアップとの協業推進を担当。
信頼関係を大切に双方のwin-winを実現し、協創パートナーとともに今の“できない”を“できる”にしていきます。
Yuuko Kouzuki

テクノロジー・イノベーションセンター 

2012年4月入社。兵庫県出身。
システム開発を担当。
新しい技術の取り込みに挑戦し、あらゆる現場で、より安全・安心に働ける支援システムを構築したい。
Yoshinao Inaba

テクノロジー・イノベーションセンター

2017年4月入社。大阪府出身。
サービス現場作業者の支援システムやIoTシステムのソフトウェア開発を担当。
作業者の立場とニーズに寄り添ったシステム開発を実践し、安全・安心な現場を提供したい。
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