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【前編】マテリアルズ・インフォマティクスは素材産業の救世主になり得るか?~ダイキンTICのデジタル材料設計の技術責任者に聞く、材料のデジタル開発の挑戦~
FEATURE
2024.08.23
ダイキン工業は、業務用エアコンのコンポーネントのほとんどを自社で開発している稀有な企業だ。例えばエアコンのコアとなるコンプレッサー、モータ、インバーターや、その駆動用のパワー半導体、加えてエアフィルターなど、多種多様な部品を自社で作ってきた。さらに、冷媒を自社開発・生産する世界唯一のエアコンメーカーであり、その技術を源流とする化学メーカーとしての顔も持っている。そのような中で、家庭用品から自動車、半導体などの様々な産業を支える新素材の開発もTICの重要なタスクの1つに挙げられる。現在、ダイキン工業では従来のアナログ的なアプローチによる材料開発から、情報科学技術を駆使したデジタル的な材料設計技術である「マテリアルズ・インフォマティクス」による開発を加速している。前編ではデジタル材料設計の責任者として着任した技師長の茂本 勇氏にダイキン工業が目指す新たな材料設計の姿と取り組みについて話を伺った。

デジタル人材の育成に向けた指導者として、大手化学メーカーから転職

ーー茂本さんは、中途入社とお聞きしました。まずは茂本さんのご経歴とダイキンに入社した理由について教えて下さい。

茂本:TICでは技師長という役職を拝命し、いまデジタル材料設計の全般を見ています。化学分野でデジタルという名が付くものは、何でも首を突っ込んでいます(笑)。例えば、最近はやりの生成AIを使った材料開発や、昔から行われている物理法則から材料の物性を予測・解析する計算化学シミュレーションなど、幅広く担当しています。

 

以前は、合成繊維や合成樹脂などを扱う大手化学メーカーに2022年まで在籍していましたが、2023年にダイキンに入社しました。ダイキンに来た理由は、まず社内に情報技術大学があったことです。若手のデジタル人材を大規模に養成する仕組みが整っており、優秀な人材を輩出されていたのですが、指導者が不足しているため、私の経験がお役に立てるのではないかと考えました。またダイキンは25年足らずで売上が約8倍に成長しており、営業利益率も高く、業績が大変良かったことも理由の1つです。

MIによる高分子材料開発の限界突破が、逆に日本のチャンスに!

ーー理論計算と機械学習を活用したデジタル材料設計、マテリアルズ・インフォマティクス(以下、MI:Materials Informatics)
     による新素材開発のアプローチと課題について教えて下さ
い。

茂本:MIは統計学や機械学習などの情報科学を活用し、素材開発を効率よく行う取り組みです。具体的には有機、無機、金属などの材料開発において、求める性能を満たす組み合わせや製造方法の予測に大変役立つと期待されています。近年、デジタル技術の進歩により、膨大な実験データや論文情報を解析することで、材料設計を効果的に支援できるようになりました。ただし、現在のところ高分子材料にMIを活用するのは課題が多く、根本的な技術開発が必要な段階です。

例えば、創薬分野のMIでは化学構造式を入力し、そこから出力として薬理活性を予測することで、新しい薬を開発できます。つまり入力パラメータを構造式として明確に定義できる世界なので、入出力の関係を予測する機械学習モデル(関数)を作りやすいわけです。

MIでは、材料の候補(x)を与えて物性(y)を予測/yを満足するxを設計する。

 

ところが高分子材料の開発では、入力パラメータを一意に定義できません。例えば、容器や包装用フィルムなどに広く利用されるポリエチレン(PE)の分子構造を考えてみましょう。PEは単純な構造を持つエチレン(C2H4、CH2=CH2)が重合した高分子化合物で、CH2単位がたくさん繋がった構造をしていますが、一口にPEと言っても種類がたくさんあります。分子鎖の長さや形状(分岐)によって、構造が無数のバリエーションを持つからです。

高分子材料の開発では入力パラメータを一意に定義できないため、MIの適用が難しい。例えば、PEは分子鎖の長さや形状により、多種多様な構造がある。

さらに面倒な点は、同じ種類のPEでも、成形加工法によって物性が異なります。そのため、分子構造と成形加工法の組合せを工夫することで、安価で破れやすいレジ袋から、防弾チョッキに使われる強靱な繊維、さらには耐熱性や耐酸・アルカリ性まで特性が違うものを作り分けられるのです。分子構造・分子鎖長・分岐・成形加工などの様々なファクターが考えられる中で、我々が求める材料をどんなレベルで開発するのか、そのコンセプトを明確にすることが最も大事で、高分子屋の知恵の見せ所です。ところが現在主流のMIの機械学習モデルは、化学構造レベルしか扱えません。そこで逆に化学構造ではないところで勝負すれば、様々な機能性材料の知見を蓄積してきた日本の化学メーカーの勝ち筋になるため、そこに注力したいと考えています。

現在、ダイキンが取り組んでいるMIによる有機高分子(ポリマー)の材料開発、および複合材料の開発。

ーー創薬と高分子材料の開発では、同じ化学系のMIといっても、扱う入力パラメータの性質がまったく異なり、
  化学構造だけでは物性を予測できないため、学習モデルを作ることが非常に難しくなってしまうのです
ね。
      

茂本:ええ、そういう「ややこしさ」を面白いと思えるかで好き嫌いが分れますが、これを私は面白いと感じています。もしAIだけで高分子材料の開発が完結できると考えているなら、ITベンダーに転職していたと思います。しかし現実には、どれほど優れたAI技術を持っていても、それだけで材料設計するのは無理で、材料の研究開発や製品の生産現場があるようなメーカーでなければAIは活用できない。これもダイキンに来た理由の1つです。

 

 

ダイキンが目指す新たなデジタル材料設計の姿とアプローチとは? 

――では、こういったハードルを乗り越えながら、ダイキンが次に目指すMIによる材料設計の姿とはどのようなものでしょうか? 

茂本:ダイキンだけの話ではなく、一般的な話になりますが、従来の材料開発は、ベテランの技術や技能に頼っていたました。いわゆる3Kで「勘・コツ・経験」と言われているものです。そこをデータや理論を活用して、ロジックベースにするのが大きな方向性になります。もちろん「勘・コツ・経験」は大切で、ベテランに聞けば何でもすぐに解決します。しかし、そのように属人化してしまうと、ベテランが退職したときに技術が継承されず困ってしまいます。ベテランが長年にわたり蓄積してきたノウハウをデータとして残して、若手技術者につないでいかないと、会社自体が持たないという危機意識もあります。

2つ目は、AIが加工方法まで含めて革新的な材料を提案してくれることはおそらくないだろうと私は思っています。AIは入力パラメータを最適化する技術でしかなく、ある出力(物性)を制御するためにはどんな入力(分子構造や加工法)を最適化すべきなのか、という根本的な問題は開発者が定義する必要があるからです。つまり、最初に開発者が材料開発の大枠のコンセプトを決定しなければならない。ただ、コンセプトがしっかりしていれば、AIを道具として最適化問題を解くのは簡単です。ですから、開発者が思いついたアイデアの検証は、AIを使うとものすごく速くなります。これまではサンプルを作って物性測定しないとアイデアの善し悪しはわかりませんでしたが、開発データで継続的に強化した自社AIを活用すれば、アイデアの有効性がすぐに判定できるようなります。次々にアイデアを生み出して検証するサイクルを速く回し、お客様の要望に素早く応えていける企業が、世の中の勝者になるでしょうね。

3つ目は、お客様のニーズを掘り起こす際に活用できることです。何もアイデアがない状況で、ゼロベースでヒアリングをしても、なかなか具体的なご要望が出てきませんが、「いま我々はMIでいくつか新材料の候補を持っているので、御社のビジネスに役立てられませんか?」というご提案をすれば、何がしかの反応が返ってきます。こういうやり取りを何度も繰り返すと、ご要望も聞き出せるし、我々の開発方針も早く定まって、お客様と目標を共有した開発方針も定着していくのです。

このようにアイデア検証を速める道具としてのMIが、我々と顧客のビジネスを加速していくでしょう。逆にそういう環境を作り出さなければ、同じアプロ―チをする企業に負けてしまうと思います。AIやシミュレーションを使って、自分たちの納得がいく材料を作ってから顧客に提案するだけの姿勢では立ち行かず、材料開発もアジャイル方式に変化していくはずです。とにかくアイデアを出し、生煮えでも良いから予測をお客様に持っていき、意見をうかがいながら、開発方針をアジャストしていく形になるのではないでしょうか。

これからの材料開発者は、基礎研究の専門家として研究室にこもるのではなく、もっと外へ出てお客様と直接やりとりをするスタイルに変えていかないと、ビジネスが成立しない時代になると考えています。私自身も以前は中央研究所の奥に引っ込んでいましたが、今では大事なお客様との打ち合せなどには、積極的に出て行くようにしています。

MIの導入で見えてきたテーマ設定の難しさと今後の展望

ーー MIによるデジタル材料開発を進めていくなかで、見えてきたことはありますか?

茂本:大きい点では2つあります。1つ目はビジネスとしての要求と、現時点のデジタル技術で実現できることがかみ合う領域を見つけることが難しい点です。例えば、1年以内で作れたら売れる材料があるとして、それを設計するデジタル技術が必ずしも手元にあるわけではありません。「できること」と「やるべきこと」をいかに一致させていくか、つまりデジタルで取り組むべきテーマの設定が難しいことを強く感じています。そういう意味では、闇雲にデジタル技術の強化に取り組むだけではなく、いかに「目利き」に優れた人材を育成するかということも重要です。

2つ目の問題は、この目利きに関連するのですが、デジタル専門の開発者と実験研究者の方々、いわゆるドメイン専門家との会話の密度というか、かみ合い方のレベルをもっと上げて、深くコミュニケーションができるようにしたいと思っています。我々が事業側の事情を理解してデジタル技術で解決できることを提案するのはもちろん、逆に事業側からも「こんな課題にデジタル技術が使えないか? 」という要望が出てくる状況に持っていきたいですね。技術的なことよりも、自分たちが持てる技術を組織横断的に有効活用するという開発のカルチャーがまだ足りていないように感じますが、これを改善できれば持続的な基盤になるでしょう。

「TICは風通しが良い」という風土がありますが、技術者同士の対話の中では、率直に意見を言うだけでなく、お互いの技術に対する理解やリスペクトも求められます。ですから「単に仲良くやりましょう」という世界ではなく、専門的な技術もしっかり学んで相互理解することも必要です。人間関係だけに偏っていると、技術の深みが出ないと思っています。

――今後のダイキンの材料設計、研究開発の展望については、どうお考えでしょうか?

茂本:これからは、AI・機械学習にせよシミュレーションにせよ、トライすることがアドバンテージになるのではなく、やらないことがディスアドバンテージになる、やらざるを得ない時代になってくると思います。そういう意味では、MIのような取り組みを着実に進めて、他社に勝てる事業に変えていくことが必須です。その一方で、先進デジタル技術を導入することで、成果を短い期間で出せるようになったり、研究者自身がアイデアを集めるにしても、従来のように論文から情報を地道に収集するのではなく、AIにデータを読み込ませてアタリをつけられるようになったり、いろいろな作業が楽にできるようになるでしょう。

そうしてできた時間を、より創造的な仕事に充てたり、個人の自由な時間に充てたりすることで、余裕のある生活をする技術になればいいなと思います。技術に急き立てられるよりも、技術で幸せになれるようにしたいのです。これからの世の中は数字で表されるスペックには差がなくなり、人の趣向であったり、快不快であったりと「感性に価値が付く時代」に変化していくと思います。だからこそ生活者としての実感を大切にしないと、本当に価値のある製品アイデアは出てこないように感じています。「良いアイデアを出すためには生活を楽しめ」と言いたいですね。

――ダイキンに入社されたい方々、読者のみなさんにメッセージをお願いします。

茂本:いつでもウエルカムです(笑)。とにかく優秀な人材なら、どんどん来てください。それは「ウチに来て活躍してくれたらええやん」という感じで、人を大切にするダイキンの経営陣の姿勢からも良く分かります。会社も右肩上がりで伸びており、事業も収益も拡大して、さらに投資も広がるという好循環が生まれています。その勢いを中途できた私も実感しております。また役員と現場の距離も近く、担当者と意見を交換してくれるのも良いカルチャーだと思います。ダイキンは、上司からの指示待ちで動くような人には向いていないかもしれませんが、自分自身で面白いことを見つけて積極的に動ける人にはすごく面白い会社でしょう。

 

(後編に続く)

 


※記載内容とプロフィールは取材当時のものです。


 

Isamu Shigemoto 

テクノロジー・イノベーションセンター 技師長 

2023年1月入社。大阪府出身。
デジタル材料設計(マテリアルズ・インフォマティクス、計算化学)を担当。
人間とAIが協業する新しいスタイルで圧倒的な開発力を実現し、世界を驚かせる新商品を次々に送り出したい。
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