2023年度にグッドデザイン賞を受賞した「ハイブリッドセラムヒート」。暖房機を選ぶ際に重要とされる、速暖性・安全性・遠赤外線効果の3つの要素を兼ね備えた、新しい家庭用暖房機です。その開発過程には、単に空間を暖めるだけではない工夫が凝らされています。長年にわたったその舞台裏をデザイナーが明かします。
もともとダイキン工業には「セラムヒート」という輻射熱で温めるヒーターがありました。
今回の新しいハイブリッドセラムヒートは、同じように輻射熱で暖めながらも、表面が熱くならないよう製品内部に風を通して冷やし、さらにその風をヒーターの熱で温風に変えるというアイデアを形にしたものになります。
暖房機能と安全性の両立
最も難しかったのは輻射ヒーター前面のパネルの形状でした。この部分は機器の性能に直接影響を与えるため、デザイナーの考えだけでは決められません。当初はデザイン性の高いガラスパネルを検討していましたが、性能などの問題からヒーターに搭載することは難しく、ガラスパネルでの製品化は断念せざるを得ませんでした。
ヒーターの熱を通しつつ、触っても熱くならないように――。数えきれないほど試作をして、その度にデザインチェックや能力試験を繰り返し、素材・穴の形状と大きさ・厚み・表面の仕上げを開発担当者と共に調整していきました。暖かさと安全性の両立はなかなか思うようには進まず、発売延期を繰り返しました。
さまざまな素材を検討して、ようやく最後に現在のパンチングメタルにたどり着きました。このパネルの採用により、前面パネルから空気を吸い込むことで、パネル自体の温度上昇を防ぐことができるようになったのです。
古くて新しい暖炉というモチーフ
ハイブリッドセラムヒートのデザインは「暖炉」をコンセプトにしています。実際に使ったことのある人は少ないかもしれませんが、暖炉は私たちにとって温かさの原風景のような存在であり、一目見れば誰もがぬくもりをイメージできるものです。古い映画などで見られるような家族が暖炉を囲んで談笑するシーンを、この暖房機で生み出すことができれば素敵だなと考えたのです。
昔は薪ストーブや石油ヒーターなどの燃焼暖房がメインでしたが、近年は環境保全の点から電気暖房への入れ替えが進んでいます。家電量販店を訪れると、数多くの暖房機が並んでいますが、それらは家電らしいデザインのものが多く、薪ストーブや暖炉のように心からも温かいと感じられる製品はあまりありません。物理的な暖かさはもちろん、情緒的に暖かいと感じられる製品であることも、ハイブリッドセラムヒートに込めた思いの一つです。
色や質感で「暖かさ」を伝える
そのためにこだわったのが、製品表面の仕上げです。囲炉裏で温められている鉄鍋のような、ダークグレーの色味とざらざらした質感で暖かい印象を表現すると共に、どんなインテリアにも調和するカラーを目指しました。
イメージを伝えるために祖母から借りた南部鉄器の急須を担当者に渡し、それをもとにオリジナルの鉄器カラーをつくってもらいました。そうしてできた塗料を試作品に塗り、さまざまなインテリアや空間に合うよう少しだけ明るくするなどの調整を重ねました。また、鉄器表面のざらざら感により近づけられるように、表面にシボを付ける加工も施しました。
製品の細部までコンセプトを浸透させる
今回の経験を通して改めて実感したのは、製品の細部であっても、コンセプトを意識してつくり込むことの大切さです。例えば、ハイブリッドセラムヒートの電源スイッチは、押しボタンではなく回転スイッチになっています。これはガスコンロに倣ったものです。着火スイッチをカチカチと回して火を付ける動作は、誰にとっても身近な「熱」のイメージです。操作感からも暖かさを感じてもらい、製品への愛着に繋げられたらと思っています。
この製品のデザインを本格的に検討し始めた2020年は、コロナ禍の始まりにあたるタイミングでした。これから世界や自分の生活がどうなるかわからない不安の中、オンラインでしか友達や同僚と会えない日々が続き、実体験として体験できるものを多くの人が求めていた時期だったと思います。
コロナは終息しましたが、家の中で家族と居心地よく過ごしたいというニーズは高まったままだと感じています。家族団らんのシーンの中で、ハイブリッドセラムヒートが多くのユーザーの快適な体験の一助になれば嬉しいです。
遠赤外線暖房機 セラムヒート
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