テクノロジーという切り口から、生活や社会、カルチャーまで包括した「ありうべき未来像」を世に問うてきた『WIRED』。その表現手法はプリントマガジンにとどまらず、WEBサイトやカフェの空間づくりを通して、未来を垣間見せてくれています。今回は2012年から2017年12月まで『WIRED』日本版の編集長を務め、この4月には『さよなら未来 エディターズ・クロニクル 2010-2017』(岩波書店)を出版した若林恵さんに、テクノロジーとデザインの接点や若林流の未来の捉え方についてお話を伺いました。
プロダクトではなく、コンテキストをデザインする
「プロダクトを大量生産して売っていた時代のビジネスモデルはもはや成り立たない。ただでさえ消費サイクルが行き詰まっているなか、機能や審美性では人はモノを買わない。そのなかでプロダクトの裏側にあるコンテキスト(文脈)やストーリーがことさら重視される時代になってきています」
テクノロジーとコンシューマーをつなぐ『WIRED』の元編集長ならではの視点で、未来の企業とコンシューマーの関係について語る若林さん。彼にはもう、未来のコンシューマーが見えているのかもしれません。
「メーカーとコンシューマーとの関係は、すでに変わってきています。例えば、アプリなどがわかりやすいですね。完成品を売っておしまいではなく、月額いくらという利用料ベースの取引が増えている。メーカーは常にコンシューマーの声を聴きながら改善し、最新の状態のプロダクトを提供していくことになります。
つまり、もはや「売っておしまい」では済まないわけですね。「消費者」は、「常時接続してるユーザー」というものへと変容してしまっているわけです。そうなると、デザイナーの仕事の領域は、当然コミュニケーション・デザインにまで及ぶことになりますし、ことは一個のプロダクトに止まらないわけです。ユーザーが常時接続している相手は、個別のプロダクトではなく「企業そのもの」なわけです。となると、デザインの対象は必然的に、企業全体に及ばざるを得なくなりますよね」
サスティナブルという価値
「ダイキン工業が2017年に設立したマイクロ水力発電システムを用いて発電事業を行う株式会社DK-powerのコミュニケーションの部分をお手伝いした際に大事にしたのはまさにそこなんですよね。機能がすごいとか、これだけ安い、みたいなことを軸に据えるのではなく、企業そのものの価値を明確に定義するということでした。
これまでのエネルギー分配というのは、基本的に中央集権的に編成された分配方式だったわけです。国営に近い企業が管轄して分配する仕組みで、エネルギーを生産している場所と享受する場所が離れていて、ある地域の利益が、ある地域の負担の上に成り立つような構図です。で、この仕組みは、いろんな論点から問題点を指摘し批判することが可能なわけです。利用者の視点から言っても、自分の生活圏外の遠いエリアで起きた災害の影響とかを、被ったりするという意味でも、非常にリスクが高いわけです。中央がダウンすると、広域にその被害が出るわけですので。
その点、マイクロ水力発電システムは、自律分散的にエネルギーを生産し、それが生産された地域において消費するものとなるので、エネルギーの地産地消を可能が可能になりますし、加えて、新規のインフラ開発もほとんどコストがかからず、水力の利用という意味でも、クリーンなエネルギーなわけですので、従来の仕組みよりもはるかにサスティナビリティが高いわけです。
エアコンメーカーであるダイキン工業は、今までエアコンを売れば売るほど社会全体で電力を消費してきたわけですが、マイクロ水力発電システムは、その自己省察から産み出されたサービスです。エネルギーに関わるテクノロジーは、水車も含めて、人間の歴史を大きく動かしてきたわけですが、その進展がもたらした環境負荷は、もはや限界値に達してきています。といって、モダンテクノロジーを否定しうるのかといえば、それもできない。そうしたなか、マイクロ水力発電システムは、水道という既存インフラを利用しながら、そのありようを新しい技術を使って組み替えるアイデアなんですね。これは相当にクレバーなものだと思います」
サスティナビリティをデザインに組み込む
「サスティナビリティに価値を置くと、時間の感覚――時間軸のようなものが変わっていくんですね。「サスティナブル」といったときの時間軸って円をもって表現されるもので、直線ではないんですね。これまでのプロダクトって、生産から廃棄までが一直線になっていて、その線の先のことは考えずに設計されてきたものが大半だと思うんです。でも、これからは、プロダクトが通過する時間の全体を見て、円環する時間のなかでそれを設計していくことが、デザインという分野においても不可欠になっていくかもしれません。
それは『還元』っていう考え方ともつながっていて、あるプロダクトやサービスを消費することが、単に個人的なエゴを満たすだけのものになってしまうことに対する警戒感は、高まっているはずなんです。エンドユーザーが選択的に行う消費行動が、社会や他者に対して何らかの還元が行われるような仕組みをサービスに組み込むようなことも、デザインの一部として重要な論点かもしれません」
そうしたコンシューマーの消費行動の変化に対し、企業はまだ充分に応えられていないと、若林さんは考えています。
「企業はいまだになんでも合理化して、費用対効果を最大にすることを最優先にしています。その上、サスティナビリティといった課題については、アリバイのような形で手を打っているフリはするのですが、嫌々やってることが見え見えなんですよね。だから、企業価値そのものが上がらないんです。最初に言ったように、ユーザーはプロダクトを見てるのではなくて、企業そのものを見てるんですよ。
CSRの考え方が根付いてきて、最近はCSVという考え方に移行してきて、ただ儲けるのではなく、あらゆるステークスホルダーに対して価値を提供しなくてはならないということは言われていますが、そのことを徹底してやろうと腹を括ってる企業は本当に少ないと思うんです。アメリカのオースティン市は、あらゆる店でプラスティックのバッグを提供することを禁じてたりするんですよ。それって単に覚悟の問題なんですよ。多少不便さはあるかもしれないですけど、でも結果、むしろ市民はそのことを誇りに思ってるんですね。
企業単体で、こうしたことは全然できるわけですよ。デザイナーは、それが不便だというならプラスティックバッグ並みの強度と使いやすくて、何ならより安価な紙のバッグをデザインしたらいいじゃないですか。ってかデザインって本来的に、そういうことを考える仕事じゃないんですかね」