デザイン誌『AXIS』は、デザイナーだけでなく、クリエイティブに関わる人なら必ず一度は手にしたことがある雑誌なのではないでしょうか。デザインの視点からこれからを見つめ、時代の空気を創りだしてきた媒体です。今回は、20年にわたり『AXIS』の編集長を務めてこられた編集統括の石橋勝利さんに、"空気(社会)を創る"というテーマのもと、デザインと社会の移り変わり、これからの「デザインのある社会」についてお話を伺いました。
デザインの幅を広げ、より先の未来を語るために
東京・六本木の賑やかな交差点から、東京タワーに向かった少し先に建つのがAXISビル。自然光の射し込む中庭の吹き抜け階段は、インテリアデザイナーとして活躍した倉俣史朗氏による傑作です。デザイン誌『AXIS』の編集部もこのビルの上階にあります。
2017年5月の雑誌リニューアルを機に、表紙のイメージなどは大きく変わりましたが、デザインという固定観念に収まらない守備範囲の広さと、社会や未来に対する眼差しを強く感じる見事な誌面づくりは、そのまま継承されています。どのようなことにこだわって、企画・編集をされてきたのでしょうか?
「私が編集部に入ったのは、バブル景気がはじけてすぐの頃で、まだ東京・青山の骨董通りあたりに行くと、新作家具の発表パーティーで盛り上がっていたりして......。その雰囲気に少し、いやかなり違和感を感じていたのです(笑)。そういった話題を取り上げる雑誌はすでにいろいろありましたので、同じようにトレンドは追わない、みんなが注目しているものは取り上げないという天邪鬼な姿勢でやってきました。もっと社会的なもの、新しい視点を提供できるものを紹介したい。もっとデザインの幅を広げたい、より先の未来を語るスタンスでいきたいという思いもあったんですね。
日本語と英語を併記したバイリンガルによる誌面は当初、日本の情報を海外に発信していこうというのが目的だったと思います。でも、日本のメーカーが力を持ち始め、メイド・イン・ジャパンの製品が世界にどんどん進出していく時代と重なり、逆に外国の方が積極的に日本のデザインの情報をほしがっていました。『AXIS』は海外でも注目を集めるようになり、世界中からいろいろな情報が入ってきたのです。
表紙インタビューシリーズを始めた最初の号(70号/1997年11・12月)では、今は亡き巨匠エットレ・ソットサス氏に表紙にも登場していただいています。」
デザインが溶けていく
幅広い題材をデザインという切り口で開拓していった雑誌『AXIS』ですが、時代の流れとともにデザインという言葉の持つ意味も変化していきます。
「『AXIS』の創刊は1981年で、その頃は"デザイン"という言葉自体がそれほど認知されていなかったので、いち早く世に打ち出したことになります。"デザイン"という言葉がまだ新しくてキラキラしていたんですね。そして、もっといろいろなことがデザインで切れるのではないかと思い、技術全般から街づくりや村おこしもデザインだと考えて自治体などに取材に行きました。医療や農業、防災の分野も取り上げましたし、そこからさらに新しい切り口が次々に生まれていったのです。
でも、近頃では"デザイン"はすっかり当たり前の言葉になってきて、なんだか語りにくい。自治体の方や政治家もふつうに"デザイン"という言葉を使います。それに、言い尽くされたことですが、モノからコトのデザインになってきました。私たちはよく"デザインが溶けていく"と言うのですが、デザインの枠自体がなくなってきています。以前はいわゆるモノのデザインみたいなものがあったのですが、だんだんモノのかたちさえなくなって、デザインの主体はシステムや環境になってきています。誌面上では表現しづらいものも多いですよね。
例えば、『AXIS』ではかつてプロトタイプ特集が人気の企画だったのですが、リーマンショックあたりからメーカーはプロトタイプのモデルをあまり作らなくなり、CADで作成し画面上で確認して済ませるようになりました。さらにはモノのかたちそのものがなくなってきた。今でも、中国に行くと"プロトタイプ特集はもうやらないのか?"と訊かれますが。」
デザイナーの守備範囲はますます広がっている
では、デザインに関わる人たちは、そうした時代の変化の中でどのように対応していったらよいのでしょうか?
「逆に言うとデザイナーの領域は、以前よりもかえって広がっていると思います。もうモノだけではなくてトータルに環境も含めて関わることができる。というかやらざるをえない状況だと思います。大学での教育も、単純に絵を描いていればいいというわけではなくて、川上から川下までどのようにしてトータルで考えていくことができるかが課題になっています。
体験が重要というなら、その体験を充たすためにどうするかというのがデザインになります。もちろん企業のデザインセンターの構成も変わってきます。デザイナーだけでなく、多様な分野の専門家が必要になりますし、デザインの守備範囲がどんどん広がっているではないでしょうか。その分、デザイナーとしてのチャンスも増えているはずです。
昔のように、大先生がグラフィックを1枚仕上げるのとは別の話で、今はコラボレーションが中心だと思います。デザイナーが単独で行う仕事は、ほとんど今はないはずです。企業内なら、いかに周囲に理解してもらい、コラボレーションをしてもらえるか。例えば、エンジニアの人たちはそれぞれ職人であり匠であるかもしれませんが、そこにデザイナーが入っていくことで新たなものが生まれるはずですよね。」
空気で伝わる、デザインで伝える
「私自身はデザインを"図案"という言葉に置き換えています。何らかの課題に対して"案を図る"のがデザインであると。なので、サービスやシステムがデザインとして評価されるのは当然だと考えています。ある村の課題解決を図るのはデザイン、シャッター商店街の活性化を図るのもデザインというふうに。実際にある地域のシャッター商店街をどうするかという課題解決を、大学のデザイン学部でトータルに取り組んでいたりします。
ダイキン工業の"見えない空気をデザインする"というスローガンにも、製品や空間、建築それぞれではなく、街や都市までをもトータルでデザインしていくという大きなコンセプトが含まれているのではないでしょうか。
"空気"って、考え方によっては"環境"より広い意味を持った言葉かもしれませんね。哲学的に捉えることもできるし、"場の空気を読む"のように、コミュニケーションにおける表現にも使います。空気があることで何かが伝わる。デザインにとっても何かを伝えることが大きな役割なのかもしれません。
私は、失敗してもいいのがデザインだと思っているんです。最終的にはなんらかの結論を求められるのでしょうが、アイデアがいくつも出ている中では、すぐに結論ではなくてやはり試行錯誤して結論に辿り着くというのがデザインです。大切なのは、そこをいかにして認めるかということだと思います。」