――後発事業が現在では収益の柱に
入野:ダイキンはルームエアコンやビル用マルチエアコン(ビルマル)のフィールドで数多くの空調機器を開発してきました。ビル用マルチエアコンとは、オフィスビルなど中規模建物向けに複数の室内機を一台の室外機で制御する個別空調システムです。
一方、アプライド空調機器は空港やショッピングモール、病院や学校といった大空間の空調を実現しています。
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ダイキンが挑むモータとインバータの「すり合わせ」とは?
長年製造してきたルームエアコンやビル用マルチエアコンに加えて、ダイキン工業(以下、ダイキン)では近年、より大型のアプライド空調機器の開発を盛んに行っています。サイズが変わっても、モータとインバータを協調させて最適な性能を引き出す「すり合わせ」が大切なのは同じですが、大きくなったからこそ課題が複雑になっているという側面もあります。
本記事では、アプライド空調機器への適用を目指したモータやインバータの開発に挑むダイキン テクノロジー・イノベーションセンター(以下、TIC)の入野裕介氏(主任技師)、溝田一貴氏、白築明大氏に話を伺いました。そこから見えてきたのは、ダイキンがもつ独自の技術と、開発成功にこだわる並々ならぬ姿勢でした。
冷却需要の高まりとアプライド空調の役割
ビル用マルチエアコンの最大出力22kW程度に対して、アプライド空調機器は100kW以上なので空調能力としても、機器のサイズとしても大きな違いがあります。
近年ではその領域がデータセンター冷却にまで広がっており、2022年と2024年の市場規模の比較では、北米が2.47倍、ヨーロッパが1.51倍と大幅に需要が増加しています。このような環境変化のなかでアプライド空調機器の売り上げ規模はダイキン全体の約4分の1にまで成長しています。
ダイキンは空調業界でグローバルNo.1ですが、アプライド空調機器だけに限定するとダイキンより売り上げ規模の大きなメーカーは他にあります。戦略経営計画「FUSION30」(※1)にある通り、アプライド空調機器においてもNo.1になれるよう開発を加速していきます。
――両立が求められる気候変動問題へのアプローチ
入野:一方、データセンターによる環境負荷が問題視されている地域もあり、気候変動問題へのアプローチも同時に求められます。冷媒の地球温暖化係数(GWP)や空調機器としてのエネルギー消費効率(COP)にも規制値が設けられており、それをクリアしなければなりません。これはコストとのトレードオフになるため、両者のバランスが大切です。
大型圧縮機を支えるモータとインバータの「すり合わせ」
入野:スクリュー型やターボ型といった大型圧縮機は回転運動によって冷媒を圧縮するものです。スクリュー型はらせん状のロータで、ターボ型は高速回転する羽根車でそれぞれ冷媒を圧縮します。必要な回転運動を生み出すのがモータ、モータへ供給する電力を制御するのがインバータです。チラー(冷水を循環させてビル全体を冷やす大型冷凍機)に入力される電気エネルギーを回転エネルギーへと変換する重要な部分であり、ここで高い効率を実現できないと全体の効率に悪影響を与えます。そのため、TICではモータやインバータを含む「空調技術」を、既存事業のコア技術と位置づけています。
アプライド空調機器では、大容量の空調を安定して供給するため、圧縮機の性能が製品全体の効率を大きく左右します。なかでも、圧縮機を動かすモータと、その動きを細かく制御するインバータは、心臓部ともいえる重要な役割を担っています。
ただし、モータとインバータは、それぞれ単体で高性能であれば十分というわけではありません。インバータの制御の仕方一つで、モータの効率や発熱、振動、ノイズの出方が変わるためです。そのため、ダイキンでは、モータとインバータを一体で開発し、両者の組み合わせを最適化することで、より高効率で信頼性の高い製品づくりを進めています。
こうした最適化を進めるには、機器の大きさや使われ方に応じた細かな調整が欠かせません。アプライド空調機器ではルームエアコンとは異なる条件が求められるため、ここから先は大型圧縮機ならではの課題を一つずつ解きながら、開発を進めていくことになります。
――大型圧縮機ならではの課題
入野:例えば、1kWの小型モータの効率が97%なら、残りの3%は損失(熱)として放出されます。この発熱量は約30Wに過ぎないため、冷却はそれほど難しくありません。
一方で、100kWのモータの場合、効率が97%でも発熱量は3kWに達します。これは複数台の小型の電気暖房器具の発熱量に相当し、モータ内部で連続的に発生する発熱量として、決して無視できるレベルではありません。適切な冷却・放熱対策を行わなければ、巻線、磁石、軸受、絶縁材料などの温度が上昇し、安全性や信頼性を確保できません。
仮に100kWのモータの体積が1kWモータの100倍であれば、単位体積あたりの発熱量(発熱密度)は同等に抑えられます。しかし、実際には高出力化と小型化を同時に満たす必要があり、製品サイズはそれほど大きくできません。そのため、大容量モータほど発熱密度が高くなり、パワー密度も高まる傾向にあります。
このような課題は、単純な従来技術の延長では解決が難しいため、モータ単体の設計だけでなく、圧縮機全体の構造、冷却方式、運転条件を含めて最適化しなければなりません。圧縮機の開発メンバーとの早い段階における密なすり合わせが重要です。
溝田:大型化に伴って熱とノイズの設計が難しくなります。例えば設計が不適切だと、製品近くではノイズによってスマートフォンが全く動かなくなってしまいます。
さらに、大型のインバータでは電源ケーブルも綱引きの綱ほどの太さとなるため、重量が重く曲げづらく、設置・接続するだけでも大変な労力が必要です。
活躍する開発メンバーの経歴
――立場の異なる3名が協力し、開発を加速
白築:私は新卒でダイキンに入社し、今年で3年目になります(2026年7月現在、以下同)。大学では磁気浮上モータの研究をしており、磁気軸受やモータ制御の開発を希望してダイキンに入社しました。
磁気浮上モータとはモータと磁気軸受の機能を一体化したもので、ベアリングレスモータと呼ばれることもあります。回転軸を磁気で浮上させることで一般的なベアリングのような機械的な接触がありません。
そのため、高速で回転しても損失が小さく高効率なのが特長です。現在はモータ制御のためのソフトウェア(マイコンプログラム)を開発していますが、私個人の思いとしては、将来的にはアプライド空調機器においても磁気浮上モータを実用化できるよう開発を進めたいです。
溝田:私はキャリア入社5年目、社会人11年目です。前職はバッテリーメーカーでUPS(無停電電源装置)の開発に携わっていました。UPSの開発は自ら希望したものですが、より大型の機器を開発したいと思い入社したのがダイキンです。入社後は海外向け大型インバータや磁気軸受コントローラのハードウェア開発を担当し、現在はインバータの高効率化の開発に取り組んでいます。
入野:私もキャリア入社で、入社17年目になります。大学時代は磁気浮上モータの研究をしていましたが、前職は自動車部品メーカーのエンジニアで機械設計を担当していました。ダイキンへの転職のきっかけは、モータやインバータの制御に興味を持ったことです。入社後は磁気軸受の開発などを経て、2021年からリーダーとして電気系開発を担当するようになりました。現在はアプライド空調機器の大型チラー向けモータ・インバータの責任者を務めています。
高速回転に挑むターボ圧縮機用IPM-SM開発
入野:アプライド空調機器の中でも大型の製品には、主にターボ圧縮機が搭載されています。ターボ圧縮機はインペラを高速回転させるため、そのモータに要求される回転数は15,000〜20,000rpmと非常に高く、一般的な産業用モータの2〜3倍に相当します。そのため、回転子には高い機械的強度が求められます。
こうした用途でよく使われるのはSPM-SM(表面貼付型永久磁石同期モータ)で、ロータの表面に永久磁石を貼り付けた構造です。しかし、回転数を高めると遠心力によって磁石が剥がれるおそれがあるため、永久磁石を包む保護管が必要になります。保護管の材料にはCFRP(炭素繊維強化プラスチック)やチタン、ステンレスが用いられますが、製造の難しさとコストが課題でした。
ダイキンではこの課題を解決するために、IPM-SM(埋込型永久磁石同期モータ)をターボ圧縮機に採用しました。高速回転が求められるターボ圧縮機にIPM-SMを適用するには、高速回転に耐えうる強度と磁気性能を両立させる必要がありましたが、1996年に世界で初めてルームエアコンにIPM-SMを導入して以来、長年磨き上げてきた技術を応用することで、量産化を実現しています。
そして、こうして開発したモータの性能をさらに引き出すには、モータ単体の開発だけでは不十分です。次に重要になるのが、そのモータの特性を踏まえて制御を最適化するインバータとの“すり合わせ”です。モータとインバータを一体で最適化することで、効率や安定性をさらに高いレベルへ引き上げることができます。
モータの発熱低減に挑むインバータ開発
白築:ルームエアコンやビル用マルチエアコンでは長い実績をもつインバータ開発ですが、アプライド空調機器では本格的な開発を進めている段階です。そのため、従来の開発部隊で培った知見を生かしながら、アプライド空調機器ならではの課題解決に取り組んでいます。
溝田:具体的には、先ほど話に出た大型圧縮機の課題であるモータの発熱です。インバータの動作によって生じる電流の揺れ、いわゆるキャリアリプル電流(※2)がモータの発熱の主な原因となっており、これを抑えるには、インバータの切り替えをより細かくする、高キャリア周波数化が有効です。そこでダイキンでは、新しい素材を用いたパワーデバイスを搭載したハードウェアの開発に加え、効率を高めるためのソフトウェア開発も進めています。ハードウェアは私が、ソフトウェアは白築が担当しています。
白築:キャリアリプル電流を抑えられればモータの発熱低減につながりますが、その一方で、インバータ側の損失が増えるという難しさもあります。インバータの効率を高めながら、モータの発熱を抑え、圧縮機の信頼性も確保する。その両立を目指すのが、私たちの開発です。
溝田:こうした課題を乗り越え、高キャリア周波数化を実現できれば、アプライド空調機器の領域における新しい技術開発、ひいては世界初を目指す挑戦につながります。
大型機開発を支える1MW級試験設備の導入
溝田:データセンター向けのチラーの大型化が進んでおり、それに伴ってより大きな出力のモータやインバータが求められるようになっています。製品が大型化するということはそれに対応できる試験設備が必要です。そこで、大型圧縮機用のモータやインバータの試験環境整備のため、TICに1MW(1,000kW)級の試験設備を導入しました。日本国内の試験場では400kW程度が最大なので、この設備は国内最大規模です。それまでは海外の試験場やサプライヤーに試験を委託していましたが、ようやく社内で一貫して行えるようになりました。
入野:実は試験設備の導入には大きな苦労がありました。そもそも建屋の電源容量が足りず、クレーンを用いた大型電源設備の搬入や、大規模な電源工事が必要でした。また、類を見ない規模だったため、設備メーカー数社に相談しても返ってきたのは「製作不可」という厳しい返事ばかり。用途ごとに個別に機器を調達して自社で全体システムを設計、設備連携を実現することで、ようやく1MW級の設備として完成させることができました。
電気系人材がアプライド空調機器開発を行う面白さ
白築:AIデータセンターの需要に応え続けるには、高効率で環境負荷の小さいアプライド空調機器の開発が必要不可欠です。世界最先端の技術的な動向を、空調という面から支えられることに面白みを感じています。また、アプライド空調機器においてモータ制御の人材はまだまだ少なく、入社3年目の私でも知見を求められる場面が多いところにもやりがいがあります。アプライド空調機器のモータ開発の基盤を作る気持ちで、今後も取り組んでいきます。
――関西から世界の電力需要に貢献する
溝田:私たちの仕事は必ず世の中に貢献できるものだと信じています。例えば効率1%の改善は、一般家庭数十世帯分の電力に相当します。No.1の技術を開発するのはもちろんですが、その先には世界のエネルギー事情への貢献を目指しています。私は関西が好きなので、関西から世界規模の大きな挑戦ができることもTICの魅力です。
――一見遠回りに思えた道で得たもの
入野:電気のみならず、機械の知識や経験が思わぬ場面で役に立つことがありました。2010年頃に磁気軸受と高速モータの試作機を作ることがありましたが、当時はまだ基礎研究段階だったので、磁気軸受、コントローラ、ソフトウェア、機構部品をすべて一人で設計しなければなりませんでした。研究段階ではよくあることですが、複数の分野の知識がなければ諦めていたかもしれません。今後はモータ・インバータの開発責任者として私の強みを生かし、アプライド空調機器でもダイキンがNo.1になれるよう開発を進めていきます。
(※1)戦略経営計画「FUSION30」:
ダイキンの2030年に向けた中長期経営計画
(※2)キャリアリプル電流:
インバータなどの駆動回路がスイッチングを行う際に発生する脈動のような波形を示す電流。モータの発熱だけでなく、振動や騒音の原因にもなる。
テクノロジー・イノベーションセンター 主任技師
2009年11月入社。神奈川県出身。
磁気軸受の研究および先行開発、アプライド圧縮機用モータおよびインバータ開発などを担当。モータ・インバータ技術でアプライドNo.1に貢献したい。
テクノロジー・イノベーションセンター
2022年1月入社。京都府出身。
大型アプライドターボチラー向けの圧縮機に搭載する大容量高効率インバータや次世代磁気軸受コントローラの研究開発を担当。パワーエレクトロニクスの技術で、圧縮機の性能革新に挑む。
テクノロジー・イノベーションセンター
2024年4月入社。静岡県出身。
ターボ圧縮機向けモータの制御に関する研究開発やソフトウェア開発を担当。モータと制御から、高効率な空調システムに貢献したい。
