コンテンポラリーデザインスタジオ「we+」は、都市や自然環境に対して新たな視点をもたらす作品づくりによって、国内外から注目を浴びる存在です。作品ごとにまったく異なる多様な表現は、徹底したリサーチと実験を繰り返して発見した現象を取り込む手法によって生まれています。「we+」を設立した林登志也さん・安藤北斗さんと、ダイキン工業先端デザインのグループリーダー・長治雅彦が、ものづくりについて語り合いました。
ものを作ることは人間にとって本来的な喜び
長治 今日はお会いできて嬉しいです。先ほどオフィスを見学させていただいたのですが、何かを作っている方がいたり、実験室のような雰囲気でとても新鮮でした。

安藤 普段から手を動かしてものを作るのが基本的なスタンスですね。もちろん概念的に何かを追いかけて、リサーチやコンテキストの整理をしたり、あるいは文化的・歴史的な方向で物事を俯瞰的に観察する作業も行いますが、マテリアルのスタディというか手で考えていくことも、同じくらい大切にしています。実験によって手を動かさない限り、素材の新しい側面や今まで知らなかった現象には出会えません。
もう一つは、足で考える。例えば工場に行ってものがどう作られているのかを実際に確かめる。その情報はネットでは得られないし、AIにも答えられないと思うんです。現場でいろいろな人とお話をして、音や臭いも含めて五感で体験するのがすごく重要だと思っています。それまでの知識や自分たちの中から出てくるインスピレーションだけで何かを作っていくのは限界がありますね。
林 私たちの世代にはなんとなく分かる感覚だと思います。私は富山県出身で実家が兼業農家だったので、父親や祖父は農作業をして、道具を自分で改造することもありました。祖母は編み物をしたり、ミシンを使ったり、誰もがそういう「技術」を持っていた。翻って今の私たちは簡単にネットで欲しいものが手に入り、子どもにおもちゃを買う時も既製品として提供できてしまう。ただ、本来的な人間の喜びや人間らしさとは、自分でものを作ることで周囲の環境に介入するからこそ得られるように感じていて、現場に行ったり、手で何かを作っている時に「生きていてよかった」という感覚になったりするんです。昔は当たり前だったことが、良くも悪くも意識しないと体験できない生活になっているので、デザインする上ではもちろん、そもそも人間にとって大切なことなんじゃないかという感覚はあります。
長治 AIをはじめとした便利なツールが発達していく中で、資本主義社会を生き抜くためには効率化は避けられないと思う一方で、デザイナーや新しい価値を生んでいく人にとって手や足で考えるのは重要だと思っているので、非常に共感しますね。

相手を理解したうえで、自分の感性で提案する
長治 we+の皆さんは企業とのコラボレーションも多い印象ですが、クライアントワークの場合、BtoBの会社だと一般の人には伝わりづらい技術もあると思うんです。それを自分たちなりに咀嚼して表現するためにどんなアプローチをしているのでしょうか。
林 例えば分析装置を作っている企業とのコラボレーションでは、単にサイエンティフィックに伝えるのではなく、直感的にわかるインスタレーションを制作しました。その際は、相手も何をどう語るといいかを考え、私たちもどういう表現なら魅力的かを考える中で、コンセプト的な部分と実際に手を動かして作る部分を行ったり来たりさせながら進めていきましたね。
安藤 コミッションワークではまず相手のことをきちんと理解しないといけません。その企業がどういうことを普段やっていて、どんな歴史があるのか、製品の変遷をたどったり、社内ヒアリングを重ねたり、3ヶ月から5ヶ月くらいかけて綿密に行います。それは木に根っこを張っていくような作業だと思っていて、根っこがきちんとあるからこそ高い木が立っていく。それをしないと表面的にはうまく立っているように見えても、風が吹くとすぐに倒れてしまう。そういう段階を経た上で一気に表現として抽象化していく作業が途中にあって、最終的な表現に落とし込んでいく感じです。
林 どの会社も働いている人たちのお話はかなり面白いんですよ。私たちの想像もつかない仕事がある。そんな人たちに対して、何にこだわっているのか、何を大切にしているのかを直接尋ねる。すると、社是や理念みたいなものではなく、もう少し「人肌」というか温度のある言葉が出てくる。そういう明文化されていないキーワードをどれだけすくい上げられるか、アンテナをのばして気づくことができるかがデザイナーにとっては大切だと思っています。

長治 クライアントにとっては、自分たちの会社に向けて芯を捉えたことを言われると、ものすごく嬉しいし、それに基づいた表現の提案にも納得性を感じるはずですね。私たちの場合はプロダクトデザインですが、性能に関してはあらかじめ数値が決まっていてクリアすべき指標が明確ですが、作品化する場合、答えはいろいろあるものの、ゴールの設定がとても難しいと思います。議論しながらお互いの考えややりたいことを理解し合うコミュニケーションが大切なのでしょうね。
林 ヒアリングや現場に行く時はなるべく自分のバイアスを持たず、純粋に面白がるような気持ちで行きます。やっている本人にとっては当たり前だけど、一般的にはすごくユニークで興味深いことってありますよね。変わった道具を使っていて、その人はすごく真剣に使っているけど、初めて見る人にとってはとても面白い。そういうポイントが新しい視点の投げかけにつながるケースがある。無理にクライアントと周波数を合わせると私たちがいる意味がないので、あえて自分なりの感性で提案する。「え?」という反応が返ってくることも多いのですが、デザイナーはそれくらいでないとダメなんじゃないかと思うんです。違和感を持ってもらうくらいがちょうど良くて、それでも信じて「一緒にやりましょう」と言ってくれるところまで持っていくために、話し合いを重ねたり、一度プロトタイプを見てもらったりすることもあります。
制御できないことこそ「目に見えないもの」の魅力
長治 we+の作品には見えないものを可視化するアプローチが含まれているものが多く、ダイキンの扱う空気と通じるものを感じています。見えないものを表現する面白さはどこにあると思いますか?
林 風を使ったインスタレーションをやったことがありますが、変数がとにかく多くて、人間の処理能力を超えていますよね。刻一刻と状況が変わり、そこに多少制御できる要素を組み込もうとするんですが、それでも制御できずにランダムにさまざまなことが起きる。でも、それが目に見えないものを扱う一番の魅力で、見ていて絶対に飽きないものになったりする。

以前から私たちの間で、目を開けてぼんやりと見続けられる状態を「目置き」と呼んでいるんですが、目に見えないものって案外そうなりやすい。普通のタンジブルな実体のあるマテリアルを扱うよりもレベルはぐっと上がりますが、完全にコントロールはできなくても、ある程度自分たちの狙っている振る舞いに近いものを再現できるとすごく気持ちのいい空間になっていく感覚はあって、それを大切にするような形ですかね。
安藤 体験を作っていくというのは、何かしらを体感してもらうことだと思うんですが、何か一つの手法でそれを実現するのは難しいように感じます。状況が変われば受け手にとっての意味も変わるので、通常よりも有機的に変化し続けるものになる。だからいろいろな切り口から対象となるものを覗き込んで、どんな表現の可能性があるかを片っ端から試していく。あるいは自分たちでも体験していかないと、なかなかゴールに近づけない気がしています。

長治 そうですね。何かを体験してもらうとして、状況が変わるというのは環境はもちろん社会情勢も関わってきます。少し前ならコロナというキーワードがあり、空気には安心・安全が求められていました。それが落ち着いて、もっと快適で心地よい空気の中で過ごしたいという意識になれば、見せたいものは変わってくる。その時々に合わせて、人々が求めている空気はどういうものなのかを捉えて、表現手段も工夫する必要があります。
安藤 あとは見る人の気持ちもありますよね。例えばすごく寂しい気分の時はあたたかい場所にいたい気もするし、いろいろな要素が空気の中には含まれていて、それを探って実践し続けながら、その総体として何かしらの理解に結びついていくのではないかという気がします。
長治 やはり手を動かしながら模索することをベースにされているんですね。クライアントや周囲の人たちと仕事を進めていく中で、自分たちの表現を作り込んでいくときに、足を使った出会い方や実験などの重要性を改めて感じました。
見えない空気を可視化するということは非常に難しいことではありますが、ポジティブに捉えればまだまだやれることがあり、大きな可能性を秘めていることでもあるので、ダイキンのデザイナーである限りは永遠に考え続けようと思います。

