相反するものが共存する「美しさ」
私は今、「サンカラー」という染料とアクリルガッシュの2種類の画材を併用して作品を描いています。 このスタイルで描くようになったのは、大学の卒業制作で着物を制作した際、工芸科の先生に扱いやすい染料を教えていただいたことがきっかけです。「サンカラー」は布の繊維にスッと入り込み、にじみのある繊細な色彩を生み出します。一方で、アクリルガッシュはエッジの効いた硬質な表現が可能です。正反対の性質を持つ画材を合わせることで、互いにいい影響を与え合うことを発見したのです。

この手法は、私がモチーフに向き合う姿勢とも重なります。 私は、すべてのものには表と裏があり、それらが一体となって一つのものとして存在していると考えています。そして、そのどちらか一方に偏ることなく共存した状態こそがモチーフの本質であり、そこに美しさを感じます。例えば、グラフィカルだけど有機的である。無機質だけど有機的でもある。伝統的でありながら、革新的でもある。そういう相反する世界を表現しようとしてきました。
偶然性を呼び込むための言語化
絵を描くために対象と向き合う時、最初は完全に無になります。感情をゼロにして見る。そこからいろいろなものを観察して、言葉にしていきます。論理的に見て、感覚的に吐き出すという感じでしょうか。例えば出雲大社であれば、「縄」や「斜め」といったキーワードをたくさん挙げていきます。

その上で、今度はスケッチで手を動かします。それを積み重ねるうちに、ある時ふと「あ、これだ」という感覚が生まれる瞬間があるのです。手が教えてくれるような、その感覚を捉えるまではひたすら描き続けます。自分程度の頭で考えたイメージをなぞるだけでは、どうしてもつまらないものになってしまう。思考の先へとたどり着くための偶然性を求めて、手を動かし続けます。それはとても苦しい時間でもあるのですが。
建築物が持つ「本質」の捉え方
これまでは植物などを描くことが多かったのですが、昨年、日本人建築ユニットのSANAAが国際的な建築家/デザイナーに贈られる「シャルロット・ペリアン賞」を受賞したことを祝うポスターを手がけたことを機に、建築物をモチーフにするようになりました。
出雲大社では、注連縄(しめなわ)と社殿の関係性に惹かれました。 あの巨大な注連縄は、建物の一部でありながら、まるで空中に浮いているような不思議な存在感がありますよね。付属品でありながら中心にあって、それでいて社殿がなければ成立しない。お互いが支えられているようで支えているような相互関係に本質的な美しさを感じたのです。

作品名「出雲大社」
東京駅の駅舎を描いた時は、その本質を掴むのに苦労しました。意匠がとても凝っていて、アール・デコ調の曲線もあれば、直線的な装飾もあれば、和風の要素もある。植物などよりも情報が圧倒的に多く、だからこそたくさん削ぎ落していかなければやりたいことが見えてこない。最初のスケッチは完成した作品とはまったく違う形で、1カ月くらい悩み続けました。

作品名「東京駅」
そうしてたどり着いたのが、優美さとインダストリアルな直線がクロスしながら連続していくという部分です。大正初期に建てられた当時はさぞかし斬新だったと思いますが、西洋的な要素と日本的な建築の要素の二つが重なっていて、だからこそ古びない普遍的な美しさがあるのだと思います。
とはいえ、描きたいことが決まっても、それらを融和させながら形にしていくのは大変な作業でした。直線的に扱い過ぎてもいけないし、曲線のエレガントさに走り過ぎてもいけない。自分が描きたいものが描けるまで、何度も試行錯誤しました。
禅問答のような問いを繰り返す

作品名「葉牡丹」
植物や自然を描く時も、本質を見極めようとする姿勢は変わりません。植物の場合、建築物よりは情報が少ないため、一度捨て去った要素をもう一度戻したりする場合もあります。
あるいは、雪の降る風景を描く場合、雪は形が曖昧で描きづらい。しかし、例えば「雪と松」という関係性として捉えれば、降り積もっている様子の中に静けさや温度感が見えて来る。本質を捉えるために、「雪らしさとは何か?」と、禅問答のように答えが出ない問いを繰り返しています。
ただ、苦労もありますが、意識して新しいテーマに取り組むようにしています。本質とはいえやはり生まれてくる形はテーマによってまったく異なります。新たな図形を発見をしていくためには、どんどん新しいものを描いていった方が面白いし、発見がありますね。
空間における調和と違和感
私にとって、「相反するもの」というのは永遠のテーマであり、常に気になる存在です。そのため、アートもまた相反する性格を持っていてほしいと感じています。自分の作品も、置かれた空間になじむだけでも、支配するだけでもない。調和しながら違和感もある。主役でありながら脇役でもある存在であってほしいと願っています。

インテリアでも、統一感がありすぎる空間より、異なる要素が混ざり合っている空間が好きです。例えばイームズのようなミッドセンチュリーの家具と、ピート・ヘイン・イークのような廃材を使った現代的な家具。時代も素材も違うけれど、それらが一つの空間で不思議と調和している状態に惹かれます。だからこそ、自分もそういうものを描きたいと思うのでしょうね。
今後は、能楽堂の「老松」や、歌舞伎の舞台やお寺の講堂といった、伝統的な場所で描くことにも挑戦してみたいです。ああいう空間では、グラフィカルに寄りすぎて描いてしまうと軽く映ってしまう可能性があるし、かと言って伝統的な描き方そのままではなく、新しいものも見てみたい。無理やり変えたわけでもなく、それでいて今まで通りでもない世界が見られれば、きっとそこには心地いい空間が広がっているのではないかと思います。

