1997年、日本人初の船外活動(EVA)を行うなど、長きにわたり宇宙開発の最前線で活躍されてきた宇宙飛行士の土井隆雄さん。宇宙への2度のフライトを経て、人類の宇宙開発の可能性や地球の美しさに感動し、その視点はやがて宇宙と生命の関わりを探求することへと広がっていきました。現在は龍谷大学客員教授として、無機質な宇宙空間で木を活用する「LignoStella Project」を推進されています。宇宙という極限の環境を知る土井さんが考える「人が生きるための空間」について、ダイキンのデザイナー・白柳錬がお話をうかがいました。
原点は少年時代の星空観測
白柳:
本日はよろしくお願いします。実は私も幼いころ、宇宙飛行士に憧れていたことがあり、それでぜひ土井さんにお会いしたいと思っていました。

土井:
こちらこそよろしくお願いします。私の宇宙への関心のきっかけは中学2年生の時に星の観測を始めたことです。その時から宇宙が大好きになって、高校時代もずっと星の観測を続けていました。当時の日記帳を見ると、「宇宙のことを一生懸命やろうと決めた」と書いてあるので、やはり私が宇宙を目指すきっかけはこの頃に経験にあったようです。大学に入ってからは、ロケットを自分でつくりたいと思って宇宙工学を専攻しました。
白柳:
小さい頃からの夢を叶えられたのですね。宇宙飛行士として初めて宇宙へ行った時の感覚や記憶はどのようなものだったのでしょうか。
土井:
一番思い出すのはやっぱり地球を初めて見た時の記憶ですね。スペースシャトルの窓から見るんですけど、昼間だったので地球はいわば青く輝いているわけです。海の色と白い雲、でもその背景の宇宙は真っ暗なんですね。その地球と宇宙の間に薄くて青い大気層があって、そこから青い光が放たれている。「地球というのは素晴らしく美しい惑星だな」と感動したことをよく覚えています。
白柳:
素朴な疑問なのですが、宇宙空間では恐怖心などはないのでしょうか?船外活動をする場合、周りには空気もないし、飛ばされたら二度と戻ってこられない可能性もある状況で、ストレスや恐怖心があったのではないかと思いまして。
土井:
私たちの時はスペースシャトルのコロンビア号を1回目のフライトに使ったんですが、宇宙に到達するまでの最初の8分30秒間はスペースシャトルのロケットが動いていて、体が椅子に押し付けられているんですが、この間はまったく怖くはなかったですね。フライトデッキは操縦で忙しい一方、私が座っていたミッドデッキでは仲間同士でワイワイやっていましたので、本当に怖くなかったです。
ただ、最初の船外活動は7時間45分ぐらいで非常に長かったんですが、戻ってきてしばらく経つと、「自分は本当に無限の宇宙空間にいたんだな」と思って、なんだか体が震えてきましたね。船外で活動している時は興奮していアドレナリンも出ていて一生懸命やっているんですが、ほっとして落ち着いた時に、ある種の怖さを感じました。

宇宙での「住環境」と木造人工衛星
白柳:
今、人や企業が月や火星に行こうとしているというニュースを目にします。それはいわば宇宙に行ったことのない人が宇宙空間で生活するためのデザインをしようとしているわけですが、宇宙に行ったことがある土井さんが、月や火星で暮らすとしたら、どのような住環境がいいと思われますか?
土井:
まず宇宙空間(無重力)に住むことと、月や火星に住むことには違いがあります。月には地球の6分の1の重力、火星には3分の1弱の重力が残っています。人間の体にとっては、月や火星のように少し重力がある方が過ごしやすいのではないでしょうか。上下の区別がつきますしね。 僕は長期間住むんだったら、月と火星に行きたいなと思っています。
白柳:
宇宙では空気や温度なども違うと思うのですが、そのあたりはどうでしょう。
土井:
スペースシャトルの中は気圧でいうと1気圧で、空気の組成も窒素が約80%、酸素が約20%で調整してあるので、実は地上とほぼ同じ状態なんです。温度もちょうど過ごしやすいようになっていましたので、そこも調整できると思いますね。
あとはデザインですが、もしかすると円筒形のアルミのような基地を想像するかもしれませんが、もしそこで何年も住むなら、そういう金属のものは味気ないと思うんですよね。かといって地面に穴を掘って住むのも面白くない。
そこで私が考えたのは、木を使うことです。京都で暮らし始めた頃、神社仏閣をたくさん訪れました。そのほとんどが木造であり、中には1000年以上経過した建物もありました。そうした体験から、木造の建物であれば宇宙でも1万年はもつのではないかと考えました。宇宙には木を傷める雨は降りませんし、虫や細菌もいません。また、木材は人間が作ることのできる資源です。人間は永遠に木とともに宇宙において開発を続けられるだろうと思ったのです。
文献調査をしたところ、宇宙で木を使うための実質的な研究はなされていないことがわかりました。そこで、宇宙で木が使えるということを証明するために、まずは木造人工衛星の研究開発に取り組む「LignoStella Project」をスタートさせました。

白柳:
面白いですね。その発想はなかったです。 ただ、木材だと強度的に弱いとか、呼吸しているから酸素のない空間に不向きであるということはないのでしょうか。
土井:
木が弱いというのは迷信なんですよ。木には「セルロース」という、植物がつくった高分子の結晶体があるんですが、それは繊維方向には鉄ぐらい強い引っ張り強度があるんです。 ただ、そのセルロースの結晶体を固めている接着剤の部分が弱いので、横方向には力が弱い。だから「木=弱い」と思われがちですが、うまく使えば木の家というのはきちんと宇宙でも成り立ちます。
白柳:
日本にある木の空間の心地よさを宇宙でも再現できるとしたら、僕もぜひ住んでみたいです。
土井:
そうですよね。宇宙で木が使えるということを証明するために、私たちはまず木造の人工衛星をつくりました。これは「LignoStella Project」による木造人工衛星1号機「LignoSat(リグノサット)」のエンジニアリングモデルといって、地上実験用のモデルです。構造的にはフライトモデルとまったく同じです。6面の木造パネルの素材はホオノキと呼ばれている樹種です。ホオノキは森を作らず、ポツンとしか生えていないので大量には取れないんですが、日本では昔から日本刀の鞘さやに使われてきました。それは湿度による変形がほとんどないからです。もし鞘が変形して刀が抜けなくなったら大変ですよね。
それともう一つ、比重が小さくて軽いんです。 私たちは真空実験をして、ホオノキが真空に対しても非常に強く、変形しないという特性を持っていることを確認しました。実は桐も良かったんですが、柔らかすぎて傷つきやすいためホオノキを使いました。
白柳:
想像していた人工衛星とは違って、表面に太陽光パネルを貼るだけで十分なんですね。

土井:
そうです、この10センチ角のキューブサットで国際宇宙ステーションから放出されて、2024年12月から2025年4月まで4ヶ月間宇宙空間に滞在しました。「LignoStella Project」では、月や火星などに森を作り、その木を使って人間が暮らすための住居やインフラ、さらには宇宙ステーションも木造にできるのではないかというビジョンを描いています。そのためにも、まずは木造人工衛星によって宇宙空間で木材が有用であることを証明しようとしたのです。
宇宙から空気のデザインへのヒント
白柳:
僕たちダイキンは「空気をデザインする」会社です。宇宙に行ったことがある、土井さんにとって、「空気」とはどのような存在なのでしょうか。
土井:
今後もし月や火星に行ったら、空気を含めたすべてをつくらなければいけません。温度や湿度の調整も必要になるので、エアコンは人間の住む場所にとって文字通りなくてはないものになるでしょう。 そこで大切なのは「壊れてはいけない」ということです。いかに10年、20年壊れずに運用できるか。あるいは壊れても自動で修復できたり、修理が簡単にできたりする機能も重要になります。修理するためにいちいち地球に持ってくるのは大変ですからね。

あと、空調に関して言うと、人間の気分は二酸化炭素の濃度によってかなり影響されます。地上では400ppmくらいですが、その濃度が高くなると人間はイライラしてくるんです。だから二酸化炭素の量も調整できるシステムになると、よりいいのかなと思います。ちなみに私は精神的に落ち着きたい時にはよく窓から地球を眺めていました。それが私にとって最高のリラックス効果があったのです。宇宙空間でリラックスした状態で過ごせることはとても重要な要素です。そうした空間を空気によって生み出せれば、人類が宇宙に暮らす可能性がさらに高まりますね。
白柳:
たしかに宇宙では、空気は快適さだけでなく命を支える存在になるかもしれませんね。だからこそ温度や湿度、空気質だけでなく、人の気持ちや安心感までも含めてデザインすることが大切になる。
地球でも宇宙でも人が人らしくいられる環境をつくる、そういった意味で私たちが「空気をデザインする」仕事の価値を改めて感じることができました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

