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内と外を繋ぐ「中間領域」をつくる

建築家の寳神(ほうじん)尚史さんは、建物の設計に留まらず、自ら事業主となり建物を企画し、敷地選定から建物設計、運営までを手がける活動も行っています。街と密接に繋がる、小さなスケールでの建物づくりと運営を行う様は、「マイクロデベロッパー」とでも呼びたくなる活動となっています。そうした寳神さんの「社会との接点になる住まい」という姿勢に共感したダイキンでプロダクトデザインを担当する眞木孝明が、空気や住まいのあり方について語り合いました。

中間領域を設計することで滲み出るもの

眞木:
寳神さんは設計をされるだけではなく、マイクロデベロッパーとしての活動もされていますね。「社会との接点になる住まい」という点で、街や空気をどのように捉えられているのかすごく興味があります。

寳神:
通常、建築家は設計を請け負い、建物単体のみを設計しますよね。僕の場合はそれを少し拡張して、自分で土地を買い、そこに住む人を想像して、社会に用意するところが特徴なのかなと思います。

眞木:
最初に取り組まれたのが、西荻窪の商店街にある「KITAYON」ですね。

寳神:
そうですね。建物内には5つの区画があり、それぞれ入居者がいます。この中で5つの商いを動かすためにはどうすればいいか考え、外から人が入り込みやすいように路地をつくりました。路地は街に接続しており、ただの道ではなく、街の一部として機能しています。つまり街と建物の中間領域であり、その境界面に使った建具もポイントになっています。街にとっては風情をもたらし、入居者の方にとっては自分たちの品格を表す象徴のようになっていると思います。

(撮影:Daici Ano)

眞木:
建物が全体として生き生きしていますし、その空気をつくっているのがまさに寳神さんの建築という感じがします。

寳神:
僕たちがつくっているのは建物かもしれませんが、設計しながら、建物と外部の関係性づくりをしているのかもしれません。言い換えれば何らかの「領域をつくる」こと。そうすることで何かがにじみ出て、建物に命が吹き込まれる。自分で企画し、建物を作っていく中で、たくさんの発見がありました。建物内部の設計だけでなく、建物の内と外のどちらもが大切。それが道となり、街と繋がっていく感じですね。

空調機器は空間を分断してしまうのか?

眞木:
実は空調機のデザイナーとして経験を積んでいく中で、一つの迷いがありました。空調などの設備機器は、テクノロジーを用いて室内外の空間を分断しようとしているのではないかということです。そのモヤモヤに対して、今の寳神さんのお話が解決の糸口になるように思います。

寳神:
確かにエアコンを設置するということは、空間の分断の仕方を定義することでもありますね。僕にとっては新発見です。ダイキンでは、最近、ポータブルのエアコンを販売されていましたよね?

眞木:
はい。「Carrime(キャリミー)」ですね。

寳神:
エアコンは動かせないものだから、それを持ち運びできるようにすることで、例えばここの領域だけを涼しくしたい、というような温熱環境の中間領域にアプローチできるようになるのはとても優れたアイデアだと思います。

眞木:
中間領域と言いますと、ご自宅の前の庇(ひさし)もそうですが、寳神さんの建築には内と外との繋がりが感じられますね。

寳神:
そうですね。中間領域は、分断したものを繋ぐためにとても重要な空間です。だから、きちんと設計する必要があります。

眞木:
今まで私は、住宅などの建物は内と外、プライベートとパブリックを隔てるためにあると認識していました。しかし、寳神さんの建築は普通の住宅設計とは全然違うものですね。それはやはりマイクロデベロッパーというテーマがあってこそのものではないでしょうか。

寳神:
住宅は確かに外部から身を守るためのものではあります。例えば高級住宅街にはクローズされているという印象がありますよね。でも、最近は必要以上にコミュニケーションをはじめいろいろな「縁」を切ってしまいがちだと思うんです。僕が取り組んでいるのは、それとは反対に自発的に街と繋がっていくこと。その点が外部との繋がりを生んでいるような印象を持ってくださっているのかもしれませんね。

クリエイティブと経済システムの関係

眞木:
マイクロデベロッパー視点の建築設計って、すごく面白いと思います。しかも、コンセプトだけでなく、それを運営し、継続していくというビジネスとしても成り立たせている。ただ、クリエイティビティは時に経済と遠縁な印象を持たれることも少なくないように思います。寳神さんはどのように感じておられますか?

寳神:
少なくとも僕の取り組みは経済と密接ですね。資本主義経済は行き過ぎていると言われますが、大切なのは付き合い方ですよね。経済そのものには何の罪もない。僕は不動産事業のシステムを利用して、集合住宅やテナントの形式を表面上は担保しつつ、中身としてはすごく豊かな暮らしを提案していきたいと思っています。経済システムを利用することで、また新しいものをつくれるといったように、循環性のあることをやりたい。

眞木:
中間領域の話ともつながる気がしますね。

寳神:
クリエイティビティを社会と接続させるために、経済はとても便利なツールだと思っています。温熱環境の中間領域に関心を持つ眞木さんの素敵な着眼点も、経済や社会のニーズ、文化と重ね合わせることで強力にドライブしていきそうな気がします。

眞木:
テクノロジーと近しい仕事をしている反面、文化なきテクノロジーはやっぱりうまくいかないですね。テクノロジーと文化・生活を結びつける、例えば、理系・文系みたいに分けられているものを分け隔てなく見ること、これが自分の役割だと思います。工業デザイナーも然り、建築家もそうではないでしょうか。

寳神:
同意しますね。僕自身が設計に際して大切にしたいと思っていることは、そこに暮らす人の、人生の充足感のあり方についてでして、人がそれぞれに見合った経済規模で、充足した気持ちで、身の丈に合った暮らしを営めるようにサポートしたいと思っております。さらにその背景には、今後の日本の姿についての僕なりの期待も織り込んでいます。日本はこれから、一人ひとりのクリエイティビティを集積した魅力ある国になっていけばいいなと思っているのです。大量生産・大量消費のロット的価値観ではなく、もっとナローでスモールな部分の可能性を追究していくような。

「もの」と「こと」に開かれる住宅

眞木:
寳神さんのお話を聞いていると、使う人の顔が見えているという印象を覚えました。そこが自分の仕事と違うのかもしれません。僕たちは規模が大きい分、抽象的なところがありますが、寳神さんは具体的。「売って終わり」ではなく、使われ方にどう入り込んでいくかが僕にとってのヒントになる気がします。

寳神:
人の顔を見ながらも、同時にその一つ引いた観点で俯瞰的に眺め見るよう意識しています。

眞木:
空調機器をつくる時にはある程度の「普遍性」が重要ですが、それと「具体性」の行き来がすごく大事ですよね。寳神さんの手がける住宅はものすごく開かれていて、その開かれ方が自分が感じていたことにリンクしている。例えばエアコンは部屋を閉め切って、中だけを空調する装置ですが、コロナ禍で換気が重視され、開かれ始めています。大変な時期ではあるのですが、住宅は閉め切るだけが正解ではないということに気づく契機でもあると思います。それを寳神さんはまさに実践されていると思います。

寳神:
私の手がける住まいは、物理的な「もの」としての部分に留まらず、「こと」の部分でも開いていることもポイントです。「こと」というのは、街と建物の関係性を築くためのプログラムみたいな要素です。住宅は内と外を区切って、プライバシーを確保するためのしつらえになってしまいますが、積極的に街をつくることで、 「こと」としても外と繋がっていける。コロナ禍の行動制限などで、結果として徒歩圏内にある街並みに目を向けるようになった人は多かったと思います。そういう時に、住みながら商いをしている人、ものづくりをする人たちがそばにいることは、身の回りの文化度が上がり、暮らしの喜びが増えますよね。コロナ禍を踏まえて、自分の取り組みが間違っていなかったと思えました。

眞木:
「こと」という捉え方がすごく建築らしいですね。

寳神:
僕は元々「もの」派で、竣工して引き渡した瞬間がピークでした。エアコンのデザインも一つのプロジェクトとしてアウトプットした瞬間がピークだと思います。でも、僕の取り組みは、そこからずっと続けなきゃいけない。「もの」と「こと」を両方扱っているから当たり前なのですが、その両輪を考えていく必要があるのだと、マイクロデベロッパーとしての仕事を通じてようやくわかってきました。この対談自体も、何かに直結するような答えを安易に導こうとするものではなく、もっと根っこにある思考の領域をどのように広げるかを探っているところがとても良いですよね。

眞木:
竣工してからが本番。つくって売って終わりではなく、ユーザーの生活と如何に関わり合っていく ということ、まさに工業デザインの今後の命題でもあると思います。室内外を結ぶ中間領域の捉え方など、本日はこれからの空気を考える為のヒントが沢山得られました。

寳神尚史
寳神尚史 日吉坂事務所
明治大学大学院理工学部修了後、青木淳建築計画事務所勤務を経て、2005年日吉坂事務所設立。主な作品に2012年〈house I〉、2015年〈GINZA ITOYA〉リニューアルにおける1・2階、6~8階の内装設計などがある。
現在、京都芸術大学、明星大学、日本女子大学、日本大学、工学院大学にて非常勤講師を務め、後進の育成にも力を注いでいる。
2009年〈JIN’S GLOBAL STANDARD Shinsuna〉でJCD Design Awards 銀賞、2014年 日本建築学会作品選集 新人賞、2018年〈KITAYON〉で東京建築士会住宅建築賞金賞 ほか、受賞多数。
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