インターカラー日本代表として、世界の流行色を国内へ紹介する役割を担ってきた一般社団法人日本流行色協会の大澤かほるさん。本業であるカラーコンサルティングを中心に、色彩教育やセミナー、執筆活動などさまざまな発信を精力的に行っています。そんな大澤さんと対話するのは、ダイキンのプロダクトデザイナー・吉川千尋。インテリアに合わせて色をコーディネートできるエアコン「risora」の開発などを通じて感じた、デザインと色の関係性について掘り下げます。
吉川:
私はプロダクトやUXデザインを担当しており、以前から大澤さんのセミナーにはよく参加させていただいています。「社会動向からCMF(color/material/finishing)のトレンドが生まれる」ということがとても興味深く、トレンドや新素材の探索を積極的にするようになりました。大澤さんは幅広い分野の知見を持っておられるのに、良い意味で「普通」の感覚があるところが魅力的だと感じています。
大澤:
すごく嬉しいです。発信する側にいると忘れてしまいやすい感覚ですが、消費者目線は大切にしないといけませんよね。アーティストとは違いますから、商品を使ってもらう人によって提案のアプローチを変えていく必要があると思います。
時代を表す色を捉えるために必要なこと
吉川:
そうした世の中の流れや思想のトレンド、ムードなどをCMFに落とし込めるようになりたいと考えているのですが、大澤さんは「これから来る波」を捉えるために、どのような部分にアンテナを張っていらっしゃるのですか。
大澤:
最も注目すべきなのは人々のライフスタイルです。なぜならそれによってどのようなデザインや色が好まれるのかが変わるからです。それを知るためには、世界がどう動くかといったマクロ的な観点と同時に、バイオテクノロジーなどのミクロ的な観点も必要です。その中で、最近、人間が「身体」を持っていることを忘れつつあるんじゃないかとよく考えるんです。脳だけで生きているというか、初めから先が見えているような錯覚に陥っています。
吉川:
確かに情報ばかりが入ってきて、何でも知っているような気分になる時があります。
大澤:
驚いたのは、若い人が動画を倍速で見たりすること。結果だけを知ればいいのかと思ったのですが、身体が感じている時間というのはもっとゆっくり流れているはずなんですよ。だからこそ、どんなにデジタル社会になったとしても、体感に訴えられるもの、すなわちCMFの重要性は揺るがないと思うんです。
吉川:
体感というのはつまり、においや皮膚感覚ですか? 確かにオンラインで会議をするのと、直接訪問してサンプルを触らせてもらうのとでは感じ方が全然違いますよね。
大澤:
そう、手触りがあって体に訴えるもの。カラーもそうですね。ライフスタイルの行く先を探るためには、「次に何が来るか」を予測するのではなく、小さな芽を探すんです。誰も注目していないけれど、きっと伸びるはずという仮説を立て、そこで変化の兆しを感じ、それはなぜかを考えるようにしています。
体が求めているものがその時代の最先端
大澤:
そうして大きな流れの中でトレンドを見た時にはっきり言えることは、デジタル社会だからこそ求められる色というものがあるということ。例えば、昔は金属質なカラーや濃いブルーが最先端を象徴する色だった。だけど今は最先端であればあるほど、自然を感じさせる表現だったり、土着的な雰囲気をつくったり、その中に最先端のデジタル技術を隠す。
吉川:
確かにインテリアや雑貨でも、ちょっと土着的な感じのテイストが増えてきましたよね。人の痕跡や息遣いが感じられるものが、デジタル空間で過ごすことが増えたぶん、ますます大事になってくるのでしょうね。
大澤:
なぜ流行るかというと、その色を身体が求めているからだと思うんです。言い換えれば、その時に身体が求めているものが最先端なんです。
吉川:
なるほど。今溢れているものの反対側に、新鮮に感じられるもの・次の最先端があるんですね。
大澤:
デジタル空間はおそらく身体的にはフラストレーションが溜まるはずで、人間は動物だから身体を動かせないと機能しない。脳だけ動かしていても生きていけない。そのこととも関係があるかもしれません。
流行色は各国の文化によって異なる
吉川:
大澤さんはインターカラー(国際流行色委員会が決定したシーズンごとの流行色)を国内に紹介しようとする時、どんな工夫をしているのですか。
大澤:
それは生地や素材によって異なりますね。また、どんな場所に使うものなのかによっても変わってきます。ただ、一番調整が必要なのは皮膚に近いところで使うものですね。例えば白人は肌の明度が7くらいあるので、明度5.5〜6くらいのピンクやベージュがものすごく好きです。あとはその国の文化に根付いた色があって、フランスはピンクがけっこう根付いていると思います。中国は圧倒的に赤です。日本はちょっと黄味よりの色が好まれる傾向がありますね。
吉川:
国によって全然違うんですね。
大澤:
日本の人たちは自然に対しての感性が鋭くて、フィンランドなどとすごく近い特徴を持っています。インターカラーを日本に紹介する場合でも、プロダクトやインテリア、化粧品、レディースウェア、メンズウェアなどそれぞれ使用される素材が違うので、それによって調整していますね。あと、日本は市場における流行の移り変わりが速いんですよ。例えば自動車の販売台数は、ヨーロッパでは波があまりないものの、日本だとすごく大きな波がある。だから日本は良く言えばトレンドに敏感だし、悪く言えば右へ倣え。
吉川:
ヨーロッパはトレンド発信地で、トレンドの消費スピードも速いと思っていました。日本人は新しいもの好きなんですね。
市場のボリュームゾーンと「いい色」の見極め
吉川:
日々のデザインワークではトレンドカラーを参考にしながら、消費者が今どういう好みを持っているかという市場のボリュームゾーンと、反対にどんな色が新鮮に映るのか、小さな部分の変化をチェックしています。
大澤:
誰に対しての提案なのかを意識しながら、求められているものにプラスして、何が新鮮に感じてもらえるのかを考えなければいけませんよね。
吉川:
ただ、結果的に売れ残ったからその色は要らない、トレンドではないと扱っていいのかと悩むことがあります。私は「きっと10年後になっても良い色だな」と思って製品を出しているし、ものを大切にしてほしいという想いもあって、新色や廃番になってしまうこと自体に罪悪感を覚える時もありました。
大澤:
色数を増やして売りさばければいいという時代ではもはやないですよね。ある程度、高価格帯になってもその色が欲しい場合は受注生産で我慢してやってみる。そうするとCMFのパワーみたいなものが出せると思います。SDGsでは2030年を一つの区切りとして掲げていますが、もはやそこでストップできる問題ではなく、ものづくりや経済のシステムを変えていかなければいけない。今は世の中の人がみんなデザイナーになれるし、ものづくりができるような技術開発も進んでいる。大手企業は早い段階で循環する仕組みをつくった方がいいと思いますね。
例えば服飾ファッションはかつて消費してもらうために今年はこれがトレンド、ということをやっていたけど、今ファッション業界自体がもう、それをやめる方向になっています。だけど毎年新しい提案はします。それはなぜかというと、そのときにその商品を必要としている人にとって、心ときめかせるものであるべきだから。
今欲しい人がときめくもので、数年経ってもそれは古いものではなく、それはそれで成立し続けるものが、今のトレンドのとらえ方なのではないでしょうか。
空気の質が空間を司る時代になった
吉川:
今日は社会の変化と色の関係性についてお話を伺ってきましたが、コロナのパンデミックも切り離せない問題です。このパンデミックを経て、世の中の空気の捉え方に変化はありましたか?
大澤:
今まで意識されていなかったことを、誰もが自分ごととして捉えるようになりましたね。空気は空間を形づくる大事なCMFの一つであると言い切ってもいいくらい、根本的なものであると意識するようになりました。空気の流れが設計されていない空間は、どんなに壁のCMFを工夫したって「いい場所」にはならない。だから今後はいろいろなところでシステムを再構築することになると思います。色のイメージとしては、淡いグリーンや白。つまり、色について発信する立場としては、きれいな空気を思わせる色をCMFとして推したくなるくらい。
吉川:
最近のCMFは水というキーワードが多いですよね。
大澤:
流れていくもの、循環するものが時代の流れに合っている気がします。
吉川:
オーロラフィルムのように一見透明だけど見る角度によって色が動く素材もありますね。そもそも自然は常に変わり続けていますし、空気も常に変わる。水にも独特の揺らぎがありますよね。そういう自然の中にある音や映像を瞑想や仕事に集中するために流すこともある。だから本能的に求めている部分があるのでしょうね。
大澤:
バイオフィリックデザイン(建築や空間デザインにおいて自然とのつながりを高め、精神的・身体的な幸福感を高める)と言われている領域ですよね。その中には絶対に空気も入っていて、定着していくと思います。
吉川:
建築空間、それから外まで循環している空気の流れや、空間の雰囲気まで、空気のデザインができることは広い。そして、いま求められているバイオフィリックデザインの領域にもかなり近しい領域ですね。
お話を通して、CMFやトレンド探索の領域を、五感に響く空気のデザインに活かしていけるイメージがわき、とてもワクワクしました。
だれもが幸せになる空気・空間づくりを、これからより深く探求していきたいです。
広告代理店にて経理を担当後、現職(社)日本流行色協会へ。現在は、カラートレンド情報に関する情報発信、講演、執筆、インターカラー日本代表、カラー戦略策定等のコンサルティング、色彩有識者のネットワーク作り、色彩教育等の多岐にわたる活動を行っている。