ダイキン工業は、従業員一人ひとりが企業文化に誇りを持てるような「インナーブランディング」にも力を注いでいます。その活動の一つとして生まれたのが、旧作業服をリサイクルしてエコバッグへと生まれ変わらせるプロジェクトでした。デザインを担当したのは、若手デザイナー・中山綾鈴。単なるアップサイクルにとどまらず、ダイキンらしい「空気」を表現するデザインをどう生み出すのか。試行錯誤のプロセスを振り返ります。
ダイキン工業では、2024年に創業100周年を迎えるにあたり、作業服をリニューアルすることになりました。このプロジェクトに関わったことがきっかけで、役目を終えた作業服をリサイクルしてecoバックを制作する企画が持ち上がった際、私に声をかけていただき、参加することになりました。
「空気」をどう表現するかという問い
デザインを展開していくときに最初に直面した課題は、ダイキンの象徴である「ぴちょんくん」を使用しないという条件でした。従来のダイキングッズの多くは、「ぴちょんくん」を前面にあしらっています。使わないことはむしろ「ダイキンらしさとは何か」を問い直すことでもありました。その問いに対して、私は3つのデザインを提案しました。
空気は目には見えませんが、誰にとってもなくてはならない存在です。その不可視の存在をどうすればデザインとして可視化できるのか。それを表現しようとしたのが「SHABONDAMA」です。白い布地に白いインクで模様を印刷し、バッグにものを入れた時にだけ柄が浮かび上がる。まさに空気のように、普段は見えないけれど確かにそこにあるようなデザインが姿を現す仕掛けです。
「STONE」は、ダイキンのロゴである三角形をモチーフに、大小さまざまな三角形が集まり宝石のように輝く様子を描きました。さらに、その一部には旧作業服の色を加えることで、受け継がれてきた伝統や、先輩方の意志を未来へとつなぐ意味を込めました。
そして「CODE」では、ぴちょんくんをあえて姿ではなくSVGコードに変換して表現しました。キャラクターの可愛らしさを前面に出さず、しかし根底には確かに存在している。そのコードは、社員の方々が日々身にまとった作業服とともに、大切な荷物を運ぶパートナーである、という静かなメッセージを担っています。
プロセスの試行錯誤と学び
このプロジェクトの過程では、いくつもの試行錯誤を重ねました。通勤途中や街でエコバッグを持つ人を観察し、使用シーンを思い描きながらアイデアを描き出しました。時には社内アンケートで案を絞り、技術的な制約やライセンスとの折り合いを探ることもありました。
特に「CODE」は難題でした。出力したコードが印刷範囲に収まらず、画像の単純化や、コードの変更など、細部にわたり調整を繰り返しました。
私は普段、主にUI(ユーザーインターフェイス)を担当しており、ソフトウェア画面の中で完結することが多いのですが、この時は布というモノに向き合い、色やインクの特性を考慮しながら進めなければなりませんでした。それは私にとって未知の領域でしたが、だからこそ学びが大きかったと思います。単に美しい図案を描くだけでなく、ダイキンの理念や歴史をどのように視覚化するか。ゼロから問いを立て、形にしていくプロセスそのものが、私のデザイナーとしての基盤を強くしてくれました。
インナーブランディングの一環として
今回のエコバッグプロジェクトは「インナーブランディング」の取り組みでもありました。
ダイキンデザインは2015年頃から、プロダクトやUIに加えてブランディング領域にも力を注いでいます。例えば、ロゴやステッカーのデザインを社内デザイナーが担当することで、社員が「会社の一員であることを誇りに思える」「自分のプロジェクトに愛着が湧く」といった感情が自然に生まれてきます。
エコバッグプロジェクトもその流れの中に位置づけられた取り組みです。旧作業服をリサイクルするという行為そのものが、環境への責任や伝統の継承を象徴しています。さらに、梱包をグループ会社が担い、販売や宣伝を社内の複数の部門が担当することで「自分たちが作り上げたもの」という実感が生まれました。
たくさん売ることが目的ではなく、活動そのものに価値がある。デザインを軸に、社員同士のつながりを強くし、会社そのものへの愛着を育むことにもつながりました。
たくさんの人とのつながりと、未来への展望
このプロジェクトを振り返ると、最も大きな財産は「人とのつながり」だったと感じます。若手であった私の声を拾い、デザインを任せてもらえたこと。異なる部署から協力してくださった多くの社員。その一人ひとりとの関係性が、プロジェクトを最後まで走らせる原動力になりました。
エコバッグは社内で高い評価をいただき、現在は海外拠点で展開する準備も進んでいます。自分のデザインが国境を越えて使われる日が来ることを想像すると、責任と喜びが同時に込み上げてきます。
今回の経験を通して「デザインによって人に影響を与えられる」という実感を強く抱くようになりました。将来的にはUIにとどまらず、ブランディングや空間計画など幅広い領域に関わり、デザイン全体を俯瞰してディレクションできる存在を目指したいと考えています。デザインを通じて人と人をつなぎ、そのつながりを未来へ広げていく役割を担うのが、私の目標です。