2025年に開催される大阪・関西万博。そのシンボルエリア「ウォータープラザ」では、「アオと夜の虹のパレード」と題されたスペクタクルショーが開催されます。「水と空気」をテーマとした壮大なエンターテインメントを手がけたのは、クリエイティブディレクターとして多数のプロジェクトを手掛ける田中直基さん。数年におよぶプロジェクトをふり返りながら、「空気」を表現することについて語っていただきました。
豊かな時代の万博で、何を見せるべきなのか?
今回のプロジェクトは、スポンサーであるダイキンさん、サントリーさんと一緒にワークショップのように話し合いながら、チームとして進めていきました。その中でよく話題に上っていたのが、1970年に行われた前回の大阪万博です。今もなお当時の話を解像度高く記憶しておられる方がたくさんいます。1970年の万博では「人類の進歩と調和」がテーマで、世界がこれからどんな風に進化していくかという未来像が提示されていたと思いますが、物質的にも経済的にも十分に豊かになっている現代の日本で、果たして何のために万国博覧会というものを開催する意義があるのだろうという自分自身への問いから始まっていった気がします。
1855年にパリで初めての万博が開かれた当時は、もちろんインターネットもなければ旅行するのもすごく難しい時代です。万博は、世界の情報や文化をシェアして人類が先へ進んでいくための機会だったのだと思います。でも、今はもうそんな必要はない。だから、最初からウォーターショーというコンテンツをやろうという話しありきではなく、万博の意味を問い直す中で、エンターテインメントに近いものをやろうと整理されていきました。
わざわざ人が集まらなくてもいい時代に集まるからには、ここで行われるものが多くの人々にとって新しい気づきにならないと意味がありません。その中で、「水」と「空気」という2社にとってのアイデンティティは、最初から絶対そこに寄り添えるものだと考えていました。
水と空気は時代を超えて地球を巡ってきた
初めの頃に考えていた中で思い出すのは、水と空気はこの星が生まれた時からずっと存在し、循環しているものだという気づきです。空気は、46億年まで遡ればもちろん今とは違う成分構成ですし、厳密にいえば異なるものですが、生きものや植物が誕生してからずっと呼吸や光合成を繰り返しながら循環してきたもの。水もまた、蒸発して大気になり、それが雲になって雨になって、山の中を流れてまた川になる。そう考えると、なにかここにファンタジーというかロマンチックな思想が生まれてきて、実は人間より大先輩でずっとこの地球を見守ってきた存在なんじゃないかと思えてきたんです。
そして、水も空気もどちらも人類が共有する資源として大昔から存在していて、世界中の人々をつないでいる。つまり、全員にとってフラットで、本来はみんなに分け隔てないものです。争ったり、占有したり、差別したりといったこととはまったく逆の概念で、人類が見習うべきものではないか。そんな風に水と空気についての解釈を膨らませながらも、なるべくシンプルに水と空気の大切さを知って、未来の地球の行動や考えが変わるものをつくりたいと話していました。
ただ、残念ながら物質としては水と空気は意外と意識しづらい。あまりにも当たり前なので、改めて今この世界中の人が集まるタイミングで一番根源的で意識しづらいことを思い出してもらうのが大事じゃないかと考えて、ダイキンさんにも空気についていろいろと勉強させていただきました。エアコンの話ひとつをとっても、温度だけの話ではなく、湿度の些細な変化によって心地よさも変わるし、メンタルに与える影響もすごく強い。精神的に弱っている人が空気の変化によって回復してよく眠れるようになったり、空気の可能性をすごく感じられました。
過去をふり返る視点は未来的な営み
今回の作品には不思議な生きものがいっぱい出てきます。中には絶滅してもうこの世にはいない動物や、おばけや幽霊みたいなものもたくさん出てきます。そういうこの世のものではない存在は、日本的なアニミズムの思想を背景として、創造を通したある種のエデュケーションとして機能してきました。例えば、ものを大切に使うとか、夜は出歩かないようにするといった概念を教えるために、子どもたちを怖い話でちょっと怖がらせたりする。そういう風に、この世にいないからこそ、ふだんとは違う気持ちが芽生えて、それによって何かを伝えられたらいいなと思っていました。
また、日本のお盆やメキシコの死者の日など、亡くなった祖先が帰ってきて、生きている人たちと交流するという風習は世界中にありますよね。死者を弔ったり思い出すことによって、今を生きる自分たちは明日をどうやって生きていこうかと前を向ける。こういう発想の中で、地球上には人間以外の生きものもたくさん住んでいるのに、それらを無視するのも変なんじゃないかと思えてきて、見たこともない生きものが出てくる楽しさとともに、地球規模のお盆のようなお祭りみたいになったら面白いんじゃないかなと考えました。
あとは昔から岡本太郎さんの作品を見ていて、前回の大阪万博のシンボルである「太陽の塔」でも作品化されているように、これまで生きてきた生物たちを見る行為自体が、過去を見ているようで実は未来的なのだとも思います。命の大切さや根源的な自然の偉大さが、未来への思考を導くきっかけにもなるので、そうやって作品のイメージを膨らませていきました。
アイデアの転機になった「夜の虹」
ここまでの話はすごく概念的で、私たちが今回取り組む意義を考えるもので、具体的なコンテンツを考える1歩前の段階です。その次に転機というか大きなジャンプになったのが、ショーのタイトルにもなっている「夜の虹」の話です。
もともとショーの中で強く記憶に残るシンボルが中央にあるといいなと考えていて、ちょうどその時に偶然、石垣島に夜の虹が現れるという記事を見つけました。夜の虹が見られる条件は、空気がすごく澄んでいて晴れやかで、かつ潤沢に水分を含んでいて、かつ月の光が明るく降り注ぐこと。これはおそらく生きものや植物にとってはすごく嬉しい日ですよね。とても限定的で、ハワイなど自然が豊かな場所でしか見られない現象ですが、今回のショーのコンセプトにすごくふさわしい感じがしました。
そのことを知って想像したのが、「鳥獣戯画」のような世界です。水と空気がすごく豊かで、生きものたちにとって喜びの溢れた奇跡の日に、この世だけではなくあの世の生きものも集まってお祭りをしている。そんな場面に私たちが遭遇して…という感じでストーリーを膨らませていきました。
空気を表現するための試行錯誤
表現に関しては、私たちのチームはテクノロジーや新しい仕組みや機材を絡めるのが得意なので、映像で見せるだけではなく、なんとか空気をもっとリアルに感じられるようにしたいという思いがありました。わかりやすい例で言えば、布などの対象物があって初めて感じられるものなので、どうすれば面白い形で伝えられるかを何度もスタディをして、提案してきました。
でも、やはり屋外で行われるショーなので、会場の制約が大きく、歯がゆい思いをすることもありました。例えば上部に巨大な布を吊るして変化させるといった方法は、安全面を考慮すると難しい。あるいはシャボン玉とかはわかりやすいのですが、飛んで行ったあと海におよぼす影響を考えるとやはり実現は難しかった。
逆に屋外の利点は、リアルにその空気や風や匂いも感じられるところです。そこで、ショーの中盤に音楽も光もオフにして完全に静かな時間を何秒かつくり、そこで空気を感じてもらえたら…といった感じで、さまざまなアプローチで空気を伝えられるように試行錯誤してきました。
クリエイティブのモチーフとしての空気
これまでさまざまなクリエイティブに携わってきましたが、水も空気もものすごく面白い題材だと思います。なぜなら、人の心を動かそうとする時に何かのモチーフを利用しながら伝えるわけですが、すべての生きものに関わる水や空気は、多くの人が共感できるモチーフとしてサイズがものすごく大きいからです。
そういう意味で、ダイキンさんとサントリーさんの2社が水と空気がテーマとおっしゃったのはすごく大きかったです。水も空気も大事にしなければいけないことは、たぶんどんな子どもでも知っている。みんな頭の中で知識としては知っているけれど、意外と意識しないというのが実は伝えるのが一番難しい。むしろ、それまでは考えてもいなかったことを言われる時のほうが、案外すっと受け入れられるものなんですよ。「気づいていなかったけど、そのルールは大事だね」と。
水や空気を大事にしようということは、どんな子どもでも直感的に理解している気がします。だから、ある種、非日常的な体験を通さなければ意識しづらい。そのため半分はクリエイティブというか創作だけど、水と空気はずっと巡ってきたものであるといったストーリーの半分くらいは事実に基づいている。トリケラトプスが飲んでいた水を、今私たちも飲んでいるかもしれない。反対に100年後の未来の人たちが、今私たちが吸っているのと同じ空気を吸っているかもしれない。でも、なんだか地球は今すごく悪い方向に変化してしまっていて、今まで何十億年もそうしてきたけれど、本当に大丈夫と言えるのかどうか、子どもを持つ身としては不安が強い。そういう個人的な思いもコンセプトに入っているかもしれませんね。
空気を想像しながら生きることの大切さ
目に見えないことは普段なかなか意識しづらいものですが、今のこの世の中は、目に見えるものだけで判断したり、議論したり、喧嘩したりしていて、むしろ目に見えない空気のようなものを考えていくことの方が大事じゃないかと思います。私たちが空気から学べることはすごく多いはずなんです。
結局のところ、SDGsで掲げられているアジェンダは、他の人や人間以外の生きものたちがどういう気持ちなんだろうと想像するだけで、ほとんど解決するんじゃないかと思うんです。すべての命が幸せになれるように、全員がちょっとずつイメージする。いわば空気を想像するように生きることを全人類、特に先進国に住む人たちが意識するだけで、喧嘩も差別もなくなるし、ゴミが減るし、無駄につくることもなくなる。
だから私は、物質的な空気はもちろん、その間に流れている気分やバイブスといった意味での空気を変えていきたいんです。みんなが気づいてないことを気づいてもらうことで、今生きづらい人が生きやすくなる。弱者と呼ばれる人たちが置かれている状況が、今よりも改善される。今までたくさんのコピーやデザインをつくってきましたが、一言で言うと、「今よりちょっといい空気」にしたいということなのだと思います。
2025大阪・関西万博 スペクタクル水上ショー「アオと夜の虹のパレード」公式サイト
https://www.expo2025.airandwatershow.jp/
2025大阪・関西万博 ダイキン特設サイト
https://www.daikin.co.jp/air/activity/expo2025