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世界を旅してわかった植物と空気のこと

第2回 寒い国でしか見ることのできない景色

世界を飛び回るプラントハンターの西畠清順さん。拠点である「そら植物園」の農場では、温帯圏や砂漠、寒い地域など、異なる環境で生きる植物を温室内で管理しており、依頼があるとニーズに合ったものを選んで国内外へ届けます。輸出入の際には、植物に負担をかけないよう細心の注意を払い、温度や湿度を元々の環境に合わせるのはもちろん、その土地に漂う空気感を再現することにも心を砕いているのだとか。連載第2回となる今回は、厳しい環境の中でも美しい景色や独自の姿を見せてくれる、寒い国の植物について語っていただきました。

温度と湿度は生物の多様性に関係している

世界にはいろんな気候の国々がありますが、今回の記事は冬に公開されるということなので、寒い国のお話からスタートしましょうか。
「寒い国」というのは、主に寒帯・亜寒帯と呼ばれる地域のことを指すとしましょう。

日本人の多くは、「冬は寒くて乾燥している」というイメージを持っているはずです。でも、世界には低温多湿の地域が少なくありません。たとえば北欧の国々や、南半球でいうとニュージーランドやフィジー、パタゴニアといった国々。

一般的に熱帯などの気候が温かい国ほど植物だけでなく動物も虫も鳥も多様性が増します。これに対して寒い国は、適応できる植物や生物が限られてくるため、種類が少なくなります。寒帯・亜寒帯は熱帯・亜熱帯に比べて、自生している植物の種類は圧倒的に少ないのです。

冬の厳しい寒さを生き抜くための形

寒い国を象徴する植物として想像しやすいのは、クリスマスツリーに使われるモミの木やトウヒのような針葉樹ではないでしょうか。
これらは多様な花木や草花がある中に生えているわけではなく、どちらかというと「見渡す限り針葉樹」といった森林の中にあります。ロシアの山へ行くと針葉樹ばかりですし、北海道でもエゾマツなどいわゆるモミの木みたいな木が森を構成している。こうした木々は、得てして非常にシンプルな形をしています。

私の感覚では、寒い国で極限状態に生きる植物たちは、無駄の無い形状になっていく気がします。例えば、モミの木やトウヒは雪が降るということをわかっているので、重さに耐えられるよう枝が下がっていて折れにくくなっている。
同じように、北海道に多いシラカバは、雪が積もりにくいように細長く、竹のようにそっと立っている。
つまり、気候に対して一番コストのかからない樹形をしているんです。派手で多様な植物が多い熱帯に対して、シンプルで単一的になっていくのが寒帯・亜寒帯の植物だと言えます。

極限状態では、環境に適応した植物だけが残る

ここまで亜寒帯の植物のお話をしてきましたが、さらに環境が厳しくて樹木が育たないような場所になると、地を覆うコケなどの地衣類や、地面を這うように生える草花、草本類などに限定されやすくなります。多様性がなく、選抜された生き物たちだけが育っていく環境ですよね。
こうした様子は、実は標高の高い山でも見ることができます。4,000〜5,000m登ると、温帯や亜熱帯の山でも亜寒帯の環境に近くなってきます。
森林限界と呼ばれる、木が育たない環境を超えた高度では、まるで寒い国のように木は巨大化しなくなりますし、矮化して最低限の植物だけが育つ環境になってくるわけですね。

そうした環境では、なぜ植物が大きくなりにくいかというと、一つは土壌が豊かでないということはありますが、そもそも地球上のほとんどの植物は、成長するためにある程度の温度を必要としているからです。
植物はほとんどのものが15℃以上になると成長し始めるのですが、気温がそれ以下へと低くなるにつれ、成長がゆるやかになったり止まったりします。日本では春から秋にかけて植物の成長期が(3月から10月ぐらいまで)約半年あるわけですが、例えば寒い国では暖かな季節がほんの数ヶ月ほどしかなく、すぐに寒くなってしまう。つまり、寒帯や亜寒帯の植物は他に比べて成長する時間が非常に短くなる。その分、木が締まって小さくなるのです。むしろ環境に適応してそうならざるを得ない。気温や気候条件も含めれば、そこにある空気が植物の形を決めていくと言えるでしょう。

ロシアでの思い出のスピーチ

2018年にロシアのヴォロネジという街で「グリーンインフラストラクチャー(緑のインフラ)」をテーマにした国際会議がありました。そこへ招かれて登壇した際に、世界中から集まったスピーカーや植物の専門家の前でこんなお話をさせてもらいました。

ーーー人は、彩りがあることを好むものです。いろんな木や花や草がある、多様性のあることが尊ばれます。かつてドイツから日本へやってきたシーボルトは、初めて春を過ごした際に「日本の春は素晴らしく美しい。私が生まれた国の春は、これほどの色を持たぬのだ」と言ったそうです。本人がその言葉を残したのか、脚色されたものなのかはわかりませんが、とにかく日本の自然は多様性に恵まれていて、彩り豊かな草木の華やかさを持っている。これは日本が温帯圏の国ながら南北に広く、さまざまな気候があるからです。

一方、ここロシアは亜寒帯です。北欧やロシアにはそれほど多様な植物はないかもしれない。でも、私は日本の自慢話をしたいわけではありません。この寒い国でしか見られない、厳しい冬に耐える圧倒的なスケールの針葉樹たちの森。これは我が国にはない、素晴らしいと感じる要素です。街角を歩いていると、たくさんの花を植えようとしているところもあれば、同じ木がズラッと並ぶランドスケープが美しかったりして、私はこれをすごく良いと思った。ーーー

そういう話をすると、とても反応が良く、終わった後も「素晴らしいスピーチだった」と言われました。最後にはベストスピーチ賞のようなものまでいただいて、とても印象深い思い出になりました。

今、改めて思うのは、その場の空気というかアトモスフィア(雰囲気・空気感)に対して、彩りやエネルギーがあるものを好ましいと思うの人もいるでしょう。ただ、それだけではなく、シンプルでもそこに芯のある、強さがある景色や、凛とした佇まいのようなものにも惹かれるのではないでしょうか。
例えば、ドイツの先住民族は、厳しい冬でも葉っぱを絶やさずに生き生きとしていることに強い生命力を感じ、常緑樹を飾る文化をもちました。それがドイツや北欧を中心に広まり、クリスマスツリーの起源になったとされています。

永遠の命やエネルギーを象徴する植物を家に飾ると幸せが訪れる。そこには厳しい寒さの中で生き抜いている木々たちに対するリスペクトのようなものがあるのでしょう。日本人にとっての松に近い感じかもしれませんね。そんな風に想像すると、やっぱり世界のどこに行っても人の心は変わらないし、みんなどこかでつながっているんだなと感じます。

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