忙しい現代人が十分な運動時間を確保しづらくなっている中、オフィスで手軽に健康増進に取り組めるようにできないか。そんな考えから、point 0 marunouchi(ポイントゼロ マルノウチ)*との共同で低酸素空間でのトレーニング実証実験をPoC(Proof of Concept=概念実証)として行うことになりました。
*ダイキン工業が2019年に開設した会員型コワーキングスペース
低酸素トレーニングは筋力アップに加え、食欲ホルモンの分泌低下やミトコンドリア量増加など、アンチエイジングやダイエット効果も期待でき、ジムに通う時間が取れない忙しい方にこそおすすめしたい設備です。座りっぱなしで疲れたとき、むしゃくしゃしたときなど…ぜひ気軽に活用していただきたいと考えています。
そもそも低酸素トレーニングのソリューションは、医療用酸素濃縮器「ライトテック」という、空気を使った医療機器の開発をする中で生まれました。今回のPoCで得たノウハウを元に、手軽で効率的に健康増進ができる空間をつくり、職場や学校などへ社会実装していくことを目標に掲げています。
データで伝えるのではなく、空間を提供する
このプロジェクトで目指したのは、単にデータを数値で表示するのではなく、空間を提供するという考え方です。低酸素トレーニングは、高山での効率的なトレーニングを街中やオフィスで手軽に取り入れられる、健康ソリューションです。扉を開ければそこは、都心から離れたトレッキングコース。日々のストレスを忘れてリフレッシュするためには、システマチックな数値情報では、気持ちを切り替えることはできません。
川のせせらぎ、鳥たちのさえずる声、冷たく澄んだ空気を感じられそうな画像…それらを邪魔しないグラフィックにする必要がありました。しかし現状は画面内での表現にとどまっていますが、本当は鳥の声や川の音、ランダムな送風など、この空間の中でまるごと自然を再現したい。まだまだこれから提案していきたいと考えています。
直感的に伝えるためのUXデザイン
画面表示で一番悩んだのは警告表示です。低酸素機器は、室内の酸素濃度をコントロールすることによって、高地同等の負荷を与え、運動効率を高めます。酸素濃度は管理者側の画面で設定できますが、万が一、設定値を下回る酸素濃度になってしまった場合の表示法は多くの議論を行いました。
設定値より-1%の酸素濃度ではトレーニー(装置利用者)に危険はなく、状態を伝えるため、黄色を部分的に加えたグラフィックにしました。一方、基本的には無いことですが、12%を下回る酸素濃度になると、酸素欠乏症など健康状態に影響が生じる可能性があり、即座にトレーニーに部屋を退出していただく必要があります。
丸いグラフィックのみを赤にする案、テキスト表示の有無などさまざまなパターンを検討しましたが、なによりも優先すべきなのはお客様を守ること。主言語に関係なく即座に危険が伝わるよう、全体を赤でマスクした直感的なグラフィックと、日本語・英語併記を採用しました。
私はプロダクトデザイン出身のため、こうしたUX分野を始めたばかりの頃は戸惑いばかりでした。しかしプロジェクトを通して、「プロダクト」や「サービス」といった区分はあまり関係ないことと気づきました。モノのデザインでも「その製品がある空間やひと時をどうしたいのか」を常に考えてデザインしていました。造形やCMFに加えて、音や光、画面の動きなどテクノロジーの発展によってデザイナーの手札が増えても、やるべきことは変わりません。もちろん、UIで表現するうえでの技術は必要ですが、UIに長けた仲間に相談しながら、自分の守備範囲を広げるつもりで取り組んでいます。
小さくてもいいから、アイデアを形にする
今回はPoCとして実施しましたが、実験結果以外にも多くの成果があったと感じています。新事業には、本当に社会に受入れられるのか、思いどおりに構築できるのかといった社内の精査がつきもの。そのため、実現までに長い時間と労力がかかる場合がほとんどです。そんな中で、まずはPoCからやってみたいというメンバーの思いが形になれば、スモールスタートでも新しいことが提案でき、それがエンジンとなって新しい試みがどんどん産まれます。
PoCの中で改善を繰り返すことによって課題を掘り下げ、説得力のある企画を進めることができ、やがて未来の大きな事業へとつながっていくこともあるでしょう。新たなステージに進むために、私たちにとって大きな意味を持つプロセスになったと感じています。