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感動をつくる体験をイメージすること

プロダクトデザイナー・倉本仁さんが語る「デザインが生み出す空気」

プロダクトデザインに始まり、インテリアや空間デザインに至るまで、あらゆるジャンルのデザインプロジェクトに携わっている倉本仁さん。デザインやそれを取り巻く空気について、日々思いを巡らせていることをお伺いしました。

「デザイン」との出会い

初めて「デザイン」に触れたのは大学の頃。アカデミックに考えるというより、基礎技術をハイペースで学びながら、一生懸命に課題をこなしていました。ただ、好きなことではあるのであまり苦労をしたという記憶はなく、これを突き詰めて職業にできるのはありがたいなと思いながら過ごしていました。

就職して最初に手がけたのは携帯電話のデザインでした。相変わらず好きなことをして生活していけるなんてありがたいと思っていたのですが、2年ほど経つうちにだんだんとデザインの深みについて考えるようになってきました。企業でデザインをするということはその企業の価値や目的をデザインで表現し続けるということ。それを意識した時に、自分個人と企業の持っているスタンスにどうしてもズレが生まれ始めてしまったんです。

デザインとは誰のためにあるのかと悩んだ結果、やっぱり自分の考えが何なのかを表現していくべきだと感じ、個人としての活動を始めていくことになります。そこでインテリア分野でのプロジェクトを始め、会社でのプロダクトデザインと並行して行うようになりました。ただ、本業として会社勤めがある中で、個人のプロジェクトに割けるのは空いた時間や週末くらいしかありません。注力するにはどうしても制限がある。これはもう独立するしかないと思い、31歳で独立しました。現在は半分くらいが家具などインテリア関連のデザイン、もう半分くらいが企業のコンサルティングやブランディング、家電の製品開発などを手がけています。結果、インハウスデザイナーとして働いた経験や出会いがとても重要なものであったと今は感じています。

デザインするために必要なこと

僕がデザインをする際に常に意識していることは、大きく二つあります。一つ目はコミュニケーションです。例えばプロジェクトにおいて、デザイナーは依頼内容がある程度まで固まってから、「こんなものを作ってください」と依頼されます。そうした場合、僕はできるだけそこに至った背景を理解するため、経営者の方や開発・営業の担当者など、関わっている人たちと話をして、できるだけ多くの情報を得るようにしています。そうして得たインプットの表現方法としてデザインを用いているという方がしっくりきますね。

企業がどこに向かっていきたいか、関わっている人たちが何を考えているか――。提示された額面にはない部分の情報を吸い上げるためのコミュニケーション能力が大切です。ブランドの方向性や企業が目指すものを誤って伝えてはいけませんから。コミュニケーションをインプットと捉えるとデザインはアウトプットであり、そのバランス感が肝です。僕は「とにかくやってみよう!」というタイプ。人との出会いに導かれて今があると思っているので、余計にそういう意識が強いのかもしれません。

二つ目は素材、マテリアルですね。そもそも素材がないと、僕たちは何も作れません。特にプロダクトデザインの場合は家具や家電製品など、使う人たちが直接触れることで成り立つ価値や機能をデザインするわけです。それを構成する木、プラスチック、ガラスなどの素材、そしてものを取り巻く空気も含めてどういう状況に収めていくのか。自分のエゴで素材や色調を変えるのではなく、素材の声に耳を澄ませ、その声に導かれる形で構造や外観意匠を決定していくようなプロセスを重視しています。

デザインの領域を大きくしていく

以前、僕の作品をご覧になった方から、「凛とした緊張感がある」という感想をいただいたことがあります。確かに緊張感や張りも大切にしている表現の一部なんですが、それだけでは使う人の生活に溶け込みにくい。どっしりとおおらかな印象や柔和な空気感も共存させられるように意識しています。空間に存在感を与える一方で、その場に馴染み、良い空気を生み出してくれる。そういうものを作りたいですね。

家具をデザインしていて一番面白いのは、家具そのものだけではなく、それを中心とした半径5メートルくらいの空気も一緒に考えるような感覚です。製品が美しいか、使いやすいかという外観意匠や機能面の検証も必要ですが、空間に馴染むかどうかは一緒に過ごしてみないとわからないこともある。そんな時は事務所や自宅に置いてみて、少し時間を過ごしてからデザインを評価することもあります。形の良し悪しだけでは決められない。周囲の空気もデザインするようなイメージです。

例えば一つのコップをデザインする時でも、それが置かれるテーブルはどういったものか、周りの壁はどんな色なのか、部屋には誰がいるのか、建物はどんな大きさなのか、その建物は都市の中でどういう働きをしているのか――など、僕たちが意識しなければいけない領域は無限に広がっていきます。

このようなことに興味を持ったのは、最初に話した、インハウスデザイナー時代に悩み、考えていた時期でした。デザインのビジョンを描くことができる領域を、小さなものから大きなものへと広げていくこと。様々な事象の空間的関連性にアンテナを傾けること。心に響くような体験をイメージするためには、空間軸や時間軸も複合的に意識する必要がある。その上で目の前の小さなプロダクトをあらためてデザインするという行為に立ち返る。若い頃に悩んだことが、現在の空間デザインやインスタレーション、展示会場のデザインなどに生かされている気がします。

デザイナーに問われる持続可能性の実現

日本ではようやく本格的に取り組まれるようになってきましたが、海外企業とのプロジェクトではもう何年も前から、地球環境に対する持続可能性や循環性について真剣に考えられてきました。それはデザイナーも例外ではありません。そもそも「デザイン」が生まれた背景には産業革命があります。それ以前は、工芸や民藝と訳される少量生産の「クラフト」の世界でしたが、石油資源によって産業構造が大きく変化した結果、大量生産の粗悪性に苛まれ、社会が荒廃していく状況が生まれてしまって。その状況に疑問を呈した「デザインの父」ことウィリアム・モリスが活動を始めたのが「デザイン」が生まれるきっかけです。その後、ドイツで機能主義的なバウハウスが設立され、のちに「デザイナー」と称される人たちがモダンデザインのベースを作っていきました。彼らの使命は、世の中にものが溢れかえっている状況をなんとかしようというものでした。

このようにデザイナーの使命は社会の流れによって与えられる側面があります。今の時代に僕たちデザイナーに与えられた使命は、循環型社会の実現に向けてどう貢献できるのか。企業やブランド側もアクションを起こさなければ、今後立ち行かなくなってしまうでしょう。経済活動に関わっているすべての人々が考えなければいけないテーマです。また、そこにビジョンを映し出せるのがデザイナーの職能であるはずです。例えば、環境に貢献できるアイデアとして、GDPという指標で表されてきた成長の価値観を疑ってみること。現状の一般理解としては消費や生産のボリュームを下げることはネガティブなことであり、収入は減るし景気も悪くなるかもしれない。でも豊かさの新たな指標や価値観の提示がもしできるのであれば。。。経済的優位性に固執せず、資本主義社会の中で見えなくなってしまったことをもう一度獲得していく、そういったことも一つの解になりえるかもしれない。自然環境や他の生物たちと共に暮らしていくより良いアプローチやアイデアを、楽しく考えていきたいですね。

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