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空気と人との関わり方の未来

デザイナー・山中俊治さんが考える空気のデザイン

腕時計や調理器具といった日用品から、自動車や鉄道車両、さらには最先端技術を駆使したロボットやパラアスリートが使用する義足まで、ありとあらゆるジャンルのデザインを手がけてきた山中俊治さん。東京大学生産技術研究所では、プロトタイピングによって研究段階の最新技術を社会化することを通じて、さらにデザインの領域を拡大しています。前回に引き続き、今回は山中さんに空気と人は今後どのように関わりを深められる可能性があるのかを考えていただきました。

空気はなぜ透明なのか?

大学の研究室では、最先端技術を未来の生活に活かすためのアイデアを探求し続けている山中さん。空気と人の関わり方の未来像を尋ねると、意外な問いかけが返ってきました。

山中:
「空気はなぜ透明なんだろう?」と考えたことはありますか? そう聞かれると、多くの人は「透明だから空気なんじゃないですか」と答えるでしょう。

空気はなぜ透明なのかをちゃんと説明すると、色の中で最も透過しやすい可視光線と呼ばれる帯域の光に適応して人間の目が発達したからです。生き延びるためには自分の周りを包んでいる物質をできる限り遠くまで見渡せることが必要です。だから生きものたちはそれが最も可能な帯域の波長を感じ取れる器官を身に付けたのです。

土の中で生活している生きものたちには空気が透明であることはほとんど意味がなくて、彼らにとっては土が透明でなければならない。その場合は可視光ではなく、土の中を伝わりやすい振動や音に敏感な器官を発達させる。その目とも耳とも言える器官で見る限り、土は透明になるのです。我々が空気というものの中で適応できるようにセンサーを発達させた。つまり、空気が透明になるように我々の目ができたという順序なんです。「空気はなぜ透明なんだろう?」と考えると、「光を反射しないから」あるいは「透過するから」と思ってしまうのですが、それが透明に見えるように我々の方が適応したわけです。

そう考えると、「目に見えない空気をどのように伝えるか?」という話は順序がずいぶん逆で、空気の中を遠くまで見渡せるように我々の目が発達しているわけですから、空気そのものを感じ取らせるためには全然違うセンサーに訴えなければいけない。温度や湿度や風などはみんな目に見えないものだと思っているけど、これがもっとドロドロしたものなら触り心地は異なるだろうし、曇ったもので滅多に晴れないものとして我々が適応していたら、まったく違うように感じられていたはずなんです。

「変化」をベースに考えるエアコンの未来

空気について、まったく異なる視点を提示してくださった山中さん。そこから見えてくる未来のエアコンとはどのようなものなのでしょうか。

山中:
我々にとって温度や湿度は、快適であれば何も感じなくていいものです。我々にとって生きやすい状態であれば、それらは「透明」なものになる。でも、不快であると、温度が低過ぎたり湿度が高過ぎると、「暑い/寒い」とか「今日はジメジメしている」とか「風が強すぎて目が開けられない」とか、いろいろなことを感じる。いわば不快な時だけ感じるものとして存在しているのです。

今までのエアコンは根本的には不快をなくすもので、何も感じなくていい状態にするのが理想でした。しかし、これからの時代はそうではないかもしれません。空気を感じさせることで能動的な楽しさが手に入るのではないか。例えば、変化。エアコンによって居心地のいい状態が続けばそれでいいという考え方もありますが、何らかの変化が起こることで我々の生活が豊かになるとしたら、その変化を積極的に感じさせるためにはどのような器官に訴えるのがいいのでしょう。たぶん目ではありませんね。そういうところから考え始めてみるのです。

人間は空気という媒体に対して何も感じない時がベストであるように適応した生物です。そうであれば、ずっと変わらず心地よい状況をつくり上げることが理想なのか?
確かに一つの理想であるとは思います。それが完璧という人にとっては、エアコンがあればそれはそれで素晴らしいと思う。ただ、もっと別な価値を考えようとするならば、まず変化することをベースにして、変化を感じ取れるようにすればいいのかもしれません。温度の変化は何によってわかるのか?
風が当たった時だろうか?
じゃあ触覚だ。そんな風に考えていくわけです。

今までとは違う空気との接し方

山中さんの考察は、さらに未来における空気と人の関係性へと展開していきます。

山中:
例えば、鳥は明らかに我々と違う空気との接し方をしています。鳥たちにとっての空気は力学的な「媒体」なので、言い換えれば我々にとっての地面と同じです。では、我々の生活の中でそういう感触を得る場面はあるでしょうか?

意外にそれは存在しているのです。例えばリボンがひらひら舞う、カーテンがふわふわ揺れるということは、空気が力学的に働いていることを目の当たりにする瞬間でしょう。残念ながら我々はそれを利用するために必要な翼を持っていないし、身体が軽くもない。しかし、そういう感触を観察できる瞬間はある。実際、空気というものを感じられるようにするアイテムは、風鈴など昔からたくさん存在していたわけです。それとは違う新しいやり方をこれから考えていけばいい。

例えば、空気がどこをどう通っているかを感じられる感覚器官を持っていれば、我々はマスクをする必要がありません。ウイルスが空気中にいても避ければいい。でも、我々の目はそれに適応していないので避けられないわけです。でも、技術的にはきっと可能ですよね。CO2センサーが空間上にちゃんと配置されていて、それらがビジュアライズされるゴーグルを装着すれば、「こちらには来ないから大丈夫だ」とわかる。もちろんこんな話はまだ夢物語ですが、それを今できる範囲で少しだけでも感じさせる方法はないだろうかと考えるのが、空気のこれからの扱い方ではないでしょうか。

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