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目に見えない空気を意識する —後編—

〜デザインエンジニア・緒方壽人氏と語りあう『空気の価値』〜

デザイン・イノベーション・ファーム・Takramの緒方壽人氏と、ダイキンのテクノロジー・イノベーションセンターで、ブランドデザイン担当する太田由美が後編では、「ミラノデザインウィーク」で披露する予定だった展示の内容について語ります。

裏コンセプトは、アウェアネス(=気づくこと)

太田:
2020年の「ミラノデザインウィーク」は、残念ながらコロナ禍で中止になってしまいましたが、何度も打ち合わせを重ね、私たちも展示の完成を楽しみにしていました。
今回の展示の内容について、簡単に教えていただけますか。

緒方:
まず会場の入り口に、透明なバルーンが浮かんでいます。
そのバルーンには『これはあなたが1回の深呼吸で取り込める空気。』というメッセージが書かれています。
そこではじめて、空気の存在に気づく。
空気を来場者の身体感覚として自分ごと化するのです。それが展示のヒントであり、イントロダクションになります。
会場内には、大小さまざまな大きさのバルーンがあり、それぞれのバルーンに「あなたが走っている時、1分間吸い込んでいる空気」や、「500mlのコーラの中に入っているCO2」など、さまざまなメッセージが書かれている。
近づくと走っているときの呼吸の量には、ランナーの息遣いが。コーラ500mlのCO2なら、炭酸のシュワシュワというような音が聞こえてくる。
まずは音をヒントに、どういう空気を表現しているかを想像してもらう仕掛けになっているのです。
そうやって会場を歩いていると、ふっと全体が暗転して、バルーンに文字が浮かび上がる。それが、その空気の量が、どういうものなのかという答え合わせになっています。幻想的な空間を体感しながら、いろいろな大きさの空気の意味を知り、興味を持ちながら、回遊してもらうのです。

太田:
入り口のバルーンを手がかりとして来場者に、いろいろな大きさの空気にも、何か意味があることを想像させる仕掛けで、次は何があるの?というワクワク感が感じられる構成です。

緒方:
この展示の裏コンセプトはアウェアネス(awareness:知ること、気づくこと)。アウェアネスの『エア』の部分と空気の『エア』をかけているのです。
空気を意識してない人々に、空気の存在や価値、ありがたさに気付いてもらいたい。興味を持って展示を見てもらうためには、どうすれば伝わるのか。その空間自体の体験が、印象に残るようにしなければならないと考えました。
空気について知ってもらいたい事は、たくさんあるのですが、まずはその手前で、感じてもらうということが大切なのだと思います。とにかく理屈抜きに「ワーッ」と思えるような体験をしてもらい、その後に学びがある。その順番をすごく意識しましたね。

見せ方を工夫する

太田:
今回の展示のキーポイントになるバルーンのについて聞かせてください。

緒方:
今回はまず、空気についてのリサーチから始めました。
ネットや本、科学の教科書に出てくるような話まで、思いつく限りの空気に関する事柄の中で、量で表せるものをリストアップしたのです。これには結構時間をかけましたね。
中でも、ぼくが面白いなと思ったのは、ローマ時代にカエサルが死ぬ間際に吐いた空気に含まれている空気分子が、いまこのバルーンの中にも含まれているという話です。
空気の中には膨大な数の分子というものがあって、それは常に拡散している。そこで科学的な推計に基づいた計算をしていくと、カエサルが死ぬ間際に吐いた空気に含まれている微粒子が、私たちが吸っている空気にも含まれているということになるのです。
もう1つ意識したのが対比ですね。同じ1回の呼吸にしても、ただ立っているときと、走っているときの呼吸の量は違う。その違いを大きさにして見せる。ほかにも寝ているときに消費する酸素の量と、ろうそく1本分を燃やすのに使う酸素の量が同じなど、いろいろな角度から、バルーンにどういうメッセージを与えるかを考えていきました。

太田:
同じ呼吸でも、さまざまな角度から対比することで強く印象に残りますね。また今回は環境のメッセージも入れましたよね。

緒方:
当初、ミラノサローネはお祭りなので、あまり真面目すぎることをやると、説教っぽくなってしまって、興味を持ってもらえないのではという意見もありました。
しかし、気候変動はグローバルで大きな問題で、空気はそこにダイレクトに結びつきます。そこを避けて、それに関するメッセージがないのはおかしい。そこで、そういう真面目な事も、きちんと入れていこうという話になりました。
メッセージは、純粋に面白いなということからトリビア的なものまで、直感的に体感できるようなものを選びました。ふだん意識していない空気が目の前にあり、見て触れられるということを体感してもらう。いろいろな角度から、新しい気づきがあるようなものにするために、一つの角度に偏らないよう、全体のバランスを見ながら考えました。

ギリギリの部分を攻める

太田:
透明なバルーンでその場の空気を切り取る表現も面白かったです。

緒方:
いろいろなアイデアの中から最終的に、バルーンを使って空気を見せるという方向性に決まったため、さまざまなバルーンを集めて試しました。半透明のものに光を当ててみたりしたのですが、なんというか既視感がある。半分だけ塗装してグラデーションにしたり、いろいろ試したのですが、どれもインスタレーションやイルミネーションで、すでに見たことがあるものになってしまいました。
そこで、バルーンに空気を閉じ込めたのではなく、空気そのものであるように見せようと、透明感のある薄いバルーンに落ち着いたのです。

太田:
実際に見てみると、本当に絶妙な“空気感”で浮かんでいる。まるで本当にその空気が目の前にあるかのような印象を受けます。

緒方:
バルーンを空中に浮かせることにも、技術的なチャレンジがありました。
「これはどうやって浮かんでいるの?」と、一瞬わからないような、ただその辺に浮かんでいるような不思議な感じを目指したのです。
空気は日常のどこにでもあるということを伝えるため、バルーンを浮かせる什器も、日常にある家具や机を抽象化したものとして存在させようと、試行錯誤の末に、板をスリット状に並べた什器を開発しました。
これは図面などに描かれる、ハッチングという斜め線の立体版をイメージしています。板はスリットになっているので、バルーンを浮かせるファンの風もしっかり通ります。
機能を満たしながら美しくというコンセプトが、きちんと伝わるように意識しました。
さらに、什器の斜めの位置で、きちんとバルーンが止まってくれるように、何度も実験しました。いかにも、そこから風が吹いていますというネタバレは避けたかったのです。
誰もやったことがないものを見せようと思うなら、ギリギリの部分を攻める必要があります。今回、まさにギリギリで繊細なバランスを追求したので、動画撮影用の設営もものすごく大変でしたね。

コロナ禍で気づいた「当たり前の空気」のありがたさ

太田:
今回このコロナ禍の中で、多くの人が、呼吸や空気のありがたみを感じるようになりました。緒方さんはコロナ禍の前と後とで、空気に対する意識は変わったと思いますか。

緒方:
ものすごく変わったのではないでしょうか。ソーシャルディスタンスで、距離を取るということも、間に空気をはさんで、空気を意識している。マスクなどもそうですが、世界中の人が、日常的に空気を気にするようになった。価値観が今までと180度変わったという感じがしますね。
今回お話しをいただいたのは、コロナ禍の前でした。みんなが空気を意識していないからこそ、そこに気づいてもらいたいと考えていました。
そのため、入り口の「あなたが、1回深呼吸するとき、吐いている空気の量」という、バルーンの下には「人は息をしないと5分と生きられない。」という、少し強めのメッセージも添えていたのです。
このメッセージでちょっとドキッとさせて、「確かにそうだな」と思わせるようにしたかった。しかし、今まさにそういう状況になってしまっている。特にミラノサローネが開催されるイタリアは、初期に感染者が急増して、パンデミックが起こりました。
リアルにそういう状況が発生し、息をすることが、当たり前ではなくて、有り難いことだということに世界中が気付かされました。ぼくらが伝えようとしていたメッセージが、期せずして、コロナ禍によって伝わってしまった部分もあるのかなと思います。
黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴えた『Black Lives Matter』でも、象徴として「I can’t breathe(息ができない)」という言葉が使われています。空気や、呼吸できることの有り難さを伝えようとしていたタイミングで、ああいう言葉が象徴的に使われているというのも、何か繋がっているような不思議な感覚を覚えますね。

太田:
ダイキンは良い空気を提供し、みなさんの生活を豊かにすることに、日々取り組んでいます。その一環として、空気の面白さや楽しさを、みなさんに伝えたいと考えているのですが、このコロナ禍においては、なんだか空気が怖い物になってしまって、空気が脅威になっている気がするのです。
空気の企業として、空気を怖がらなくても大丈夫。安心で安全と言うことを発信したい。と強く思います。

緒方:
太田さんがおっしゃっていることに、すごく共感します。残念ながら展示は中止にはなってしまったのですが、このままお蔵入りしてしまうのは、本当にもったいないと思っていて。もちろん作品として、せっかく面白いものを作ったのにというのもありますが、映像だけでも残して発信していきたいですね。

DAKIN×Takram
Takram

緒方 壽人
緒方 壽人 ディレクター・デザインエンジニア
Takramディレクター・デザインエンジニア。東京大学工学部卒業後、国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)、LEADING EDGE DESIGNを経て、2012年よりディレクターとしてTakramに参加。デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスまで。ソフトウェア、ハードウェアを問わず、幅広い活動を行うデザインエンジニア。
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