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空気感を生みだす自然のコンディションとは

建築写真家・小川重雄氏が語る『建築写真を魅力的に表現する空気感』

ファッションやプロダクトではなく、建物を被写体にした建築写真の世界となると、詳しい方は少ないのではないでしょうか。建築という立体物を相手に、空間を捉え表現する時、空気や光はどんな役目を果たしているのか——その精緻な作品で世界の名だたる建築家から撮影を依頼されることも多い建築写真家、小川重雄さんにお話を伺いました。

建築写真と山岳写真の関係

東京の下町にある小川さんのアトリエは、気持ちよいくらい自然光が降り注ぐ吹き抜けの空間になっています。1Fはギャラリースペースを兼ねており、訪れた際には見事なモノクロームの風景写真が出迎えてくれました。崇高なまでに美しい火山など山岳を中心にした風景で、いずれも小川さんが大学生の時に日本中を旅して撮影したフィルムを、新たにスキャンして調整、再プリントしたものです。しかし、なぜ建物ではなく山岳写真なのでしょうか?

「実は、大学生の頃には山の写真家になるつもりでいたんです。でも、ぼくの尊敬していた著名な山岳写真家の白川義員(よしかず)さんが、“建築写真の勉強をしておくと、山岳写真の表現にプラスになる”といった内容のことを著書でお書きになっていました。そこで始めたのが建築写真だったわけです。

撮影時の光の選び方や立体感の表現、質感や距離感の捉え方など、建築写真と山岳写真は共通しているところがあります。40年ほど前のぼくの山岳写真を見て、“建築っぽいね”と言う方もいらっしゃるくらいですから。どちらも大きなオブジェという点では同じですね。被写体は動かないけれど、光や天気、季節、時間帯によっても表情が変わる。自分自身が周辺を歩き回ってアングルを探すという点でも一緒です。」

雪や雨が空気感をもたらして

ほかとは異なるかなり特殊な撮影だと思っていた建築写真が、山岳写真と共通するところがあると知って、そのイメージが変わってきました。では、山岳写真からは自然によってもたらされる空気感を強く感じることができますが、はたして建築写真に空気感は存在するのでしょうか。

「確かに、ぼくらが仕事で建物を撮影する時は、できるだけよい天気で、光がパーンと差している写真を求められることが多いです。青空できれいな光があたっていると、影もしっかり出て乾いた印象の写真になる。安藤忠雄さんが手がけた建築を相当撮らせていただいているのですが、あの安藤さんのコンクリート建築の場合には、晴れが絶対条件ですね。光と影のコントラストでコンクリートを力強く表現できます。

でも、必ずしもそうした条件ばかりではないし、自然豊かなところで撮ると当然、雪や雨が降っている時などに建築がすごく魅力的に見える場合があります。これは、2009年度のグッドデザイン賞の大賞を受賞した北海道の岩見沢複合駅舎を撮影したものです。冬の雪景色で、降る雪の粒々がきれいに写っていて自分でも感動しましたね。実はその次の写真は、駅前広場の同じ場所から撮影した、わずか30分後の写真。天気の変わり様に驚かされます。雪があるだけで空気感のある写真になることを感じていただけるのではないでしょうか。」

「雪と同様に雨というか、こちらの場合は空気中の湿気もなんですが、室内部分にまで植えられた苔が見事ですよね。三分一博志(さんぶいち ひろし)さんという、自然エネルギーを使って空気環境を整えることをテーマにして取り組んでいる建築家によるもの。香川県の直島にある民家を改修し、カーペットのように苔の庭を内部化しているんです。この写真は雨の日に傘を差しながら撮影したもので、しっとりとした空気感を感じることができると思います。」

豊かな写真に欠かせないもの

「建築写真では、人をどのくらい入れて撮るかというのも大事なテーマなのですが、ぼくはあまり好きではありません。人を入れるとどうしてもそのモデルの影響力が大きくて、建築よりもモデルのほうに目がいってしまう。だから、なるべく点景人物で、あまり出しゃばりすぎないように自然に入れるようにしたい。人が写っていなくても、人がいるような空気、気配のようなものを、構図や光を選んで表現することを考えます。

クッションなどをあえてきれいに置かないことで、さっきまで人が座っていたのではと感じさせたり、おそらくご主人が掛けていたであろう老眼鏡がそっとテーブルにあったり。さっきまでそこに人がいて、人のかたちをした空気がまだそこに残っているような表現ですね。

見る人に想像力をはたらかせる写真のほうが豊かだと思うんですね。写真の中に人がいてしまうと、どうしてもひとつの見方しかできない。人を入れるにしても、その前後の時間を感じさせることが重要。ストーリーとして予感させる人の気配や、そこに残っている空気感がポイントなのかなという気がします。」

お話を伺っている間に、建築写真に対する見方がずいぶん変わってきたのを実感しました。きちんと整ったどこまでも精緻な写真が捉えた立体的な空間に、そっと潜む気配と空気。そしてその場所に行き、実際に自分の身を置いてみたいという想い。「行ってみたくなる——それが建築写真ではいちばん大事なことだと思います」と語って微笑む小川さんの姿が印象的でした。

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