世界の人々から愛されるために必要なこと
人々の生活を便利に、そして快適にしてくれるのが家電製品です。だからこそ、世界中で愛される家電を開発しデザインするためには、いろいろな国や地域の環境やライフスタイルに応じて最適化していくことが必要になります。ルームエアコンも例外ではありません。
私は、日本向け・海外向けの家庭用ルームエアコンや空気清浄機の開発・デザインに携わっています。中国やヨーロッパを中心に、エアコンだけでなく世界中の家電のマーケティングリサーチやエスノグラフィー(行動観察調査)を行い、各地のニーズを深掘りしてきました。その経験をもとにしながら、世界の家電ニーズとグローバルスタンダードについて考えてみたいと思います。
国や地域が変わればニーズも変わる
今までの事例を振り返ってみると、昨今の経済成長にともない、家電の普及率が加速している国が中国やトルコです。こうした国では、室内での存在感が際立つデザインで、パワフルな性能の家電が好まれるという傾向があります。
例えば中国では、エアコンは大型の床置きタイプが支持されています。カラーも、日本の家電は白や淡い色合いが主流ですが、中国では輝きを放つメタリックカラーや、幸福の色とされる赤色の家電の需要が高く、ダイキンでも過去に赤色のエアコンをデザインしたことがあります。
またトルコでは、年間を通じて気温が高めなことと、住宅によってはサロンと呼ばれる客間があり、人の集う機会が多いことから、「冷房がよく効いた部屋で過ごしたい、お客様を涼しいところにお招きしたい」という要望が多く、とにかくよく冷えるものが選ばれます。
住宅事情や生活様式によって、特定の部屋だけに家電を設置する国や地域もあります。例えばインドでは、リビングルームよりもベッドルームにエアコンやテレビなどの家電を設置するケースがよく見られます。インドのリビングルームは、食事のためのダイニングルームで、家族がくつろいだりするのはベッドルームという住まいが多く、滞在時間も長いため居心地のよさを高める家電が必要なのでしょう。
ほかにも、1日の寒暖差が激しい砂漠地帯や高温多湿な熱帯雨林地帯では、室温を大幅に下げなければ涼しさを感じることができないため、強力な冷房性能や耐久性が必要です。また気候によっては、同じ季節でも暖房・冷房を切り替えたり、日中と夜間で暖房・冷房を使い分けたりするので、自動切替運転など、機能の適応力も求められます。さらに、電気供給が不安定な国や地域では、エアコンに限らず、家電には自動復旧機能などの搭載を考える必要もあります。
家電のデザインに対するこだわりが、特に強いのはヨーロッパです。エアコンも天井埋め込み型など、存在を感じさせないものや空間のインテリアになるスタイリッシュなものが選ばれます。また建物の外観や街路の景観を大切にしていて法規制も厳しいため、室外機をはじめ、屋外に機器を設置することが容易ではありません。設置方法や設置コストなども課題になります。
日本の家電ニーズは、世界でも希有なもの
こうした世界の家電市場からあらためて日本を見直してみると、そのニーズは非常に特殊です。基本性能を極めていくことはもちろん、付随する多彩な機能、それらをスムーズに操作できるインターフェイス、さらにデザイン性やメンテナンス性など、ありとあらゆることが求められるからです。
エアコンも日本の場合、春夏秋冬でそれぞれ気候や気温に特徴があり、多くの人が温度や湿度の変化に敏感なので、細かく設定できるなど、基本性能と快適性を一段と高めていくことが必須になります。そのうえで「手入れがしやすい」「見た目がよく、空間と調和する」といった付加価値も追求していく必要があります。
家電の技術革新が加速していく中で、日本の家電ニーズはますます多様化、複雑化していくのではないでしょうか。
日本ならではのスタンダードを世界に
世界中の人々をターゲットにした製品の開発やデザインでは、その国や地域の気候や風土、文化、経済状況、暮らしを深く理解し、寄り添っていくことが何よりも大切です。
グローバルスタンダードとして、製品の機能やデザインが世界標準になるための視野を持って考察していくことは大事ですが、その一方で、よりローカルに、よりパーソナルに、それぞれのユーザー視点に立ったモノづくりも欠かすことはできません。
世界の家電市場では、中国や韓国メーカーの台頭や為替の変動などもあり、日本の家電製品のシェアが縮小していると言われていますが、「Made in Japan」への信頼は依然高いと感じています。しかも、日本には優れた技術力があり、特殊なニーズに対応し続けていることも大きな強みです。
日本ならではの配慮や工夫を活かし、ほかにはない家電を作り出せば、国や地域で異なるニーズへの対応はもちろん、そこで生活する一人ひとりの暮らしを支え、より快適で新しいライフスタイルを提案することができるはずです。ローカルもパーソナルも、どちらのニーズも満たすスタンダードとして愛されていくのではないでしょうか。