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優れたクリエイターは活き活きと呼吸する

脳科学者・茂木健一郎氏が語る『クリエイティブと空気』

脳科学者としての深い知識を活かし、幅広い視野にたって様々な活動を行っている茂木健一郎さん。今回は、クリエイティブについても造詣の深い茂木さんに、クリエイティブと空気の関係、これからのクリエイターに求められることについて、熱く語っていただきました。

無限の組み合わせから生まれるアイデアやひらめき

狭い殺風景な会議室に、茂木さんがひょいとTシャツ姿のまま慌ただしく登場。重そうなバックパックから、丸めたままのジャケットを慣れた手つきで取り出して素早く羽織ります。蒸し暑さでじめっとしていたその場の空気が、スイッチの入ったようにシャキッとしたから不思議です。まずはクリエイティブの元となるアイデアやひらめきは、どのように生まれるのか訊ねてみました。

「それは脳科学のいちばん基本的な命題ですね。脳の中にある側頭連合野の記憶のアーカイブから、前頭葉がその時々の目的や文脈に合った組み合わせを新たに見つけてきます。側頭連合野から引き出してくるという意味では、思い出すことに近いです。ただ“思い出す”というのは過去の情報をそのまま引き出すのですが、アイデアやひらめきは、今求められているものを組み合わせて引き出す。だから、まったくゼロから生まれるということではないんです。何もないところからもたらされる幻想を抱くのですが、必ず過去のアーカイブにある無限の組み合わせから引き出してきます。」

北斎の名作と引っ越しの関係は?

「優れたクリエイターには2つの条件があって、1つは側頭連合野に経験がたくさん蓄えられていること。その意味では経験者のほうが有利ですね。そしてもう1つがそれらを前頭葉でうまく引き出せること。意欲や既成観念にとらわれないことなど、こちらは基本的には若手のほうが有利なんです。グラフにすると、経験を積めば積むほど側頭連合野のほうは上がっていくのですが、前頭葉の引き出すほうは経験を積むと下がっていく。

もちろん経験を積んでいて、かつ意欲があって既成観念にとらわれない人は最強です。例えば、葛飾北斎が有名な『神奈川沖浪裏』を描いたのは70歳を超えてからと言われています。あれは今も日本のクリエイティブ界の国際的に最も成功したイメージのひとつですよね。きっと北斎は、側頭連合野のアーカイブにたくさん蓄積した上で、ずっと意欲を持ち続けた人だったのではないでしょうか。

そのひとつのヒントは、北斎がとにかく引っ越しをする人だったこと。人生で90回以上引っ越したと言われていて、そのことと関係があるかもしれません。つまりキャリアを積み重ね、安住の地を見つけてしまうと意外とクリエイティブは止まってしまうものだけれど、引っ越すってある意味、強制的に新しい見方をすることなので。ぜひ皆さんも引っ越してみるとよいのでは(笑)。」

葛飾北斎『神奈川沖浪裏』CGイメージ

天才は空気を読める

『神奈川沖浪裏』の生まれた背景に引っ越しとは、さすが茂木さんです。では、優れたクリエイティブを生み出していくためには、クリエイターはどうあるべきなのでしょう。その求められる資質について訊ねてみました。

「時代のクリエイターとしての天才は、社会の中のネットワークから生まれるんです。例えば、モーツァルトが今の時代にいたとしても優れたアーティストになれたかどうかはわかりません。アインシュタインがいても、はたしてAI研究で天才ぶりを発揮できたかどうか…。やはりその時々の社会のネットワークの中でハブになることによって天才が生まれる。うまくその場所にいるというのもひとつの才能。だから意外と空気を読める人が天才だと思うんですね。

クリエイティブって、時代の空気や文脈を読むということとすごく関係がある。活き活きと吸ったり吐いたり呼吸できるのは、優れた人の証しなんだと思います。ネットワークの中で、世の中にはどんな人たちがいて、今何を欲しているかちゃんとわかるということだと思うので。そういう意味では、優れたクリエイターは優れたコミュニケーターでなくてはいけない。これはなかなか難しいことですけど。」

空気の中から生まれる価値

「モノにまといついている質感や空気感のことを、我々の言葉ではクオリアと呼んでいるのですが、クオリアって脳の仕組みでは情報圧縮なんです。濃縮した原液をつくる感じ。つまり、多くの人々に知られている優れたクリエイターは原液をつくっている。それを薄める人はたくさんいるかもしれないけれど、なかなか原液はつくれないんです。

どうしたら濃縮した原液をつくることができるか——。そこで注目されているのが、デフォルト・モード・ネットワークと呼ばれる、脳のぼんやりした安静状態。実は、情報圧縮というのは脳がリラックスしたアイドリング状態じゃないと起こらないんです。ぼくの優れたクリエイターの方にお目にかかった今までの経験では、皆さん本当は忙しいはずなのに、なんだか余裕があって夏休みの小学生みたいなんですね(笑)。

空気という意味では、評判や噂も本質をつかむことがあります。優れたクリエイターには、“アイツはすごいらしい”みたいな評判や噂がまずあるけれど、みんなはなんですごいのかはよくわかっていない。でも、評判が立っていることが実質を表していることって多いんです。実質がないと評判って立たない。それが面白いところで、評判ってだれかに言いたくなるような何かを持っているということなんですね。そうした力があるのが優れたクリエイティブなのではないかと。やはり空気の中に優れたクリエイティブの価値はあるのだと思います。」

究極の空調とは

最後に、空気感など感覚的な空気の話ではなく、物理的な空気について。実は、空気そのものもクリエイティブに似たところがあって——。

「心地よい空気環境というのは、すごく深いものですよね。以前、都内のホテルをいくつか取材した時、外国からのお客様がいちばん求めるのは外気を入れることだと、ホテルの方から伺いました。しっかりエアコンを付けていても、なにか外気のような揺らぎなのか、新鮮さなのか、欲するものがあるらしい。心理的な要素もあると思いますが。

これも前に靴職人の方からお訊きしたのですが、いちばんよい靴はあまりに履き心地がよいので、国際線の飛行機の中でも履いたままのほうが気持ちよいというんですね。きっと究極の空調は、外でそよ風が吹いているように心地よくて窓を開ける必要がない。将来、宇宙旅行が盛んになったら、宇宙空間では窓を開けられないから、宇宙船や宇宙ホテルでいかに心地よい空気を演出できるかは、乗組員の心理状態にも影響を与える大きなテーマになります。

それぞれの人によっても心地よさは異なるし、脳科学的に言うと脳って変化が好きだから、変わらないとうれしいと感じないんです。例えば、暑い日に冷房のよく効いた部屋に入った瞬間は気持ちよいけれど、ずっとそこにいると不快に感じてしまう。なんだか空気って、クリエイティブと同じですね。」

確かにクリエイティブも、その作品やプロダクトを見たり使ったりする人によって感じ方は異なります。最初はいいなと思ってもだんだん飽きてしまったりもします。空気がクリエイティブなものだから、それともクリエイティブが空気みたいなものだからなのか——。茂木さんに導かれて、クリエイティブと空気の間を自由に行き来する愉しい時間を過ごしました。

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