皆様と創り上げてきた『ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント』の活動の歴史をご紹介します。
| 1988年 | 日本女子プロゴルフトーナメントの開幕戦として、琉球ゴルフ倶楽部を舞台に第1回大会がスタート。 |
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| 1990年 | ダイキンオーキッドがご縁となり、90年10月、故 中山素平氏(株式会社 日本興業銀行特別顧問)の提唱で本 土財界と沖縄財界の協力・交流の場として「沖縄懇話会」が設けられる。 |
| 1995年 | 沖縄への支援活動「オーキッドバウンティ」を開始。 「オーキッドバウンティ」は、沖縄県の芸術、文化、スポーツ、教育等の振興を目的として活動している団体・個人の支援を行っており、競技に先立って行われる「プロ・アマ大会」に参加される沖縄と本土のアマチュアゴルファーの方々から浄財を募り、主催者の寄付金と合わせて贈呈している。 2011年までの贈呈総額は9,740万円にのぼる。 |
| 1997年 | 第10回大会を機に「沖縄と共に歩み続けるトーナメントを目指したい」という願いを込めて、大会スローガンに"Together with OKINAWA "を掲げる。新たな取り組みとして「ダイキンオーキッドレディスアマチュアゴルフ選手権大会」、「ボランティアスタッフによる大会運営」を開始する。「ダイキンオーキッドレディスアマチュアゴルフ選手権大会」では現在プロとして活躍している新崎弥生、上原彩子、宮里藍、宮里弘子、諸見里しのぶも、この大会でチャンスをつかみプロ選手への道を切り拓いてきた。また、トーナメント開催コースである琉球ゴルフ倶楽部のある玉城村(現在は市町村合併により南城市)を中心とした地元の皆様に、ボランティアスタッフとして大会の運営に参加していただき、地域と一体となった大会運営を行う。 |
| 2002年 | 第15回大会から「大会ポスターデザインの公募」「『総合学習』の一環として中学生のトーナメント招待」を開始。「大会ポスターデザインの公募」は6年目を迎える2007年は、1000点を越える応募をいただいている。総合学習として、地元玉城中学校の生徒を大会に招待。大会観戦前には、日本女子プロゴルフ協会の樋口久子会長による講演会、競技レッスン会を実施。大会当日はコースでプロゴルファーの厳しい勝負の世界にふれ、同時にプレスルーム、速報センターやグリーンキーパーなど大会を支えていただいている方々のさまざまな職場を見学することでゴルフというスポーツの魅力を通じて様々なことを学び感じてもらう場を提供している。 |
| 2005年 | 大会スローガンを"Together with OKINAWA "から"Ever Onward with OKINAWA"に進化させ、「沖縄とともに限りなき前進」という大会の目指す姿にむけて活動を強化。 |
| 2007年 | 『Ever Onward With Okinawa』(沖縄と共に限りなき前進)を目標に掲げたオーキッドは20回目の大会を迎えた。ギャラリー数過去最高の29753人、ボランティアの参加数過去最高のべ383名、大会ポスター公募への応募総数が2年連続して1000点を突破、アマチュア大会では小学生が初参加するなど、これまで以上に地元と共に歩み続ける大会として発展。21回大会以降に向けて大会は新たな一歩を踏み出した。 |
| 2008年 | アマチュア大会出身諸見里しのぶプロが、ダイキン工業所属プロとして、ダイキンオーキッドへ出場(成績、3アンダー18位タイ)。(優勝は宋ボベプロ ) |
| 2011年 | アマチュア大会で4位に入ったアマチュア小学生ゴルファー新垣比菜さん(当時・小学6年生・12歳)が、オーキッド本戦へ出場。小学生の出場は、ダイキンオーキッド初。 |
| 2012年 | ダイキンオーキッドが第25回大会を迎える。 |


